再現度のためならデチューンだっていとわない!レプリカ仕様のトヨタ・スプリンタートレノ(AE86)【取材地:北海道】

「父親の影響でクルマに興味を持つようになっていた自分に、小学4年生の頃、母親が『衛星放送でクルマのアニメを放送しているよ』と教えてくれたんです。そのとき放送されていたのが頭文字D劇場版の3rd stageでした。そこからからイッキに頭文字Dにハマって、アニメシリーズのビデオを借りて、マンガも集めるようになりました」

講談社の週刊ヤングマガジンにて連載され、アニメやゲーム、実写映画など数々のメディア作品が作られてきたしげの秀一氏の作品『頭文字D(イニシャルD)』。
そのなかに登場する主人公の藤原拓海が駆るAE86トヨタ・スプリンタートレノ、カラーリングから通称『パンダトレノ』と呼ばれる劇中車を再現した愛車に乗っているのが、札幌市在住の『桜木』さん(twitterアカウントネーム)だ。

そうしてすっかり頭文字Dファンとなった桜木さんが初めて実物のAE86を見たのは10才のころ。父親が「そんなに興味があるなら」と、道内有数の旧車専門店として知られる小西自動車(北海道札幌市東区)に連れて行ってくれたのだ。

「そこで初めて社長に会って『免許を取ったら、必ずハチロクを買いに来る』と宣言しました。そういう子供って多かったけど本当に有言実行する人は少なかったみたいですが、免許をとるにあたって8年ぶりに行ったら社長が『あのときのボクちゃんか!』って覚えていてくれて、うれしかったですね」

実は、頭文字Dとの出会いから免許取得までの8年の間に、桜木さんが心を惹かれたクルマがもう1台あった。それは、同じく週刊ヤングマガジンで連載されていた楠みちはる氏の作品『湾岸ミッドナイト』で主人公が乗る日産フェアレディZ(S30)だ。
「でも、湾岸のS30は車高が低いので、北海道の雪道を走ることを考えたら現実的じゃなかったので諦めました」

「このハチロクに乗るにあたって気をつけている点は『自分の好みや趣味を持ち込まない』ことなんです。頭文字Dのなかで拓海が乗っているクルマそのものに乗りたいんです」

この言葉からもわかるように、桜木さんにとってクルマの価値観は、実車の見た目や性能、装着パーツのブランドなどではなく『作中のクルマ』そのものであること。いくら高性能であろうとも、作中と見た目が異なればそれはもう『違うクルマ』なのだ。

作中に登場する拓海のトレノは漫画やアニメ、作中の場面によっても仕様が異なるが、そのなかでも桜木さんが再現したのは『アニメ版の1st stageに登場している最初期の仕様』だ。

ベースとなっているトレノは1986年式の後期型GT APEX。作中のベース車両となっているのはマイナーチェンジ前の前期モデルだが、「長く乗るならできるだけ高年式を選ぶ方がいい」と小西自動車でアドバイスを受けていたこともあり、この個体を選択したという。

そしてここから、現在のアニメ版1st stage仕様に仕上げるため、エクステリアからインテリアまで、ほぼすべてに手を加える大作業がおこなわれることになる。

カラーリングはもとから白黒のパンダトレノだったというが、塗装や小物のヤレもあったので納車のタイミングでオールペンを施し、モール類も新品へ変更。窓ガラスも後期の青みがかったものから作中と同じオレンジがかった前期用へ取り替えた。

『藤原とうふ店』のフォントもいくつかの種類があるが、桜木さんのはアニメ1期と同じもので『ふ』の上側の点が斜めになっているのがポイント。
CIBIEのフォグランプも作中と同じで、リトラクタブルヘッドライトのハロゲン灯も、HIDやLEDなどに交換することなく、あえて昔のままをイメージして残している格好だ。

そして、なかでも再現にあたってこだわりが伺えるのがインテリア。
後期の黒い内張りから前期のオレンジがかったものへ変更するため、ダッシュボードまで含めて小西自動車に入庫した前期モデルのトレノと交換することで入手。普段は紫外線の影響を防ぐためにカバーをかけている。
窓の開閉システムも、パワーウインドウからわざわざ不便な手回しのハンドル式に『デチューン』しているあたり相当なこだわりが伺える。

天井の内張りはサンルーフ車のものへ変更。これは後々サンルーフを取り付ける目的があるわけではなく、作中で描写されているルームライトの形状から推測して同じものを手に入れたそうだ。

ステアリングは頭文字Dの影響でプレミアム化したと言っても過言ではないイタルボランテ・アドミラルで、なんと保管している予備も含めて4本を所有。
最初はキズや色落ちのほとんどないコレクション品の35φモデルをオークションで落札(なんと35万円!)して付けていたそうだが、のちにもっと使いやすい小径の33φを入手したため、現在はそちらを装着している。

細かい部分では純正メーターも作中の拓海が乗る前期GT-Vグレードへ変更済み。こちらは指針のカラーやスピードリミット表示、警告灯の数などが違うそうで、AE86オーナーでもなかなか気づかない部分とも言えそうだ。

「内装で唯一わからないのがオーディオデッキです。メーカーがアルパインということまではわかっているんですが、機種が不明なので、ここだけは妥協しています。ただ、その下の純正ラジオは知り合いから譲ってもらったのを飾りでつけています」

さらに、再現元のアニメ版1st stageではインテリア以上にまったく描写されることがないエンジンルームのほうは、唯一漫画版の4巻の表紙に描かれた一部分を参考に、ノーマルエアクリーナーボックスが使われていると判断。購入時に装着されていていたアフターパーツから純正品に戻してある。

こうして大きなパーツから細部にいたるまで、費用や労力を惜しむことなく『作中のクルマ』そのものに少しでも近づくように進化を遂げてきた。

現在、桜木さんは夏タイヤシーズンをこちらのトレノ、冬季は三菱・ランサーエボリューションⅧという2台を所有しながらカーライフを送っている。「ランエボ8はAE86に2年乗ってから、さすがに雪の影響が気になるようになって手に入れました。親父はオレが生まれる前から30年間ずっとBMW(E34型525i)に乗っていて、それで育った自分もかなり愛着があるんですが、その特徴的なグリルがランエボ8に似ていると思ったんです。だから、AE86に乗るまではゲームで選ぶのもランエボ8でしたね」

そもそも桜木さんがクルマに興味を持つきっかけになったのも父親のBMWというが、現在のお仕事も父親の影響が大きかった。父親の職業は歯科の開業医、そして桜木さんの職業も、北海道の大学附属病院で働く歯科医なのである。

実は、このトレノが納車となったのは歯科大学の入学式の当日だったが、同年代の歯科大生にとっては、このトレノはただの古いクルマというだけで、興味を持って見られることは全くといってなかったと桜木さん。
「歯科医にもたしかにクルマ好きは多いんですが、みんなが興味を持つのはポルシェみたいな高級外車の方なんですよね。国家資格を取って附属病院で働くようになってからも、外車に囲まれて駐車場ではかなり浮いた存在のままです(笑)」
そんななかで、歯科医ならではと言えるのが、金歯などの詰め物や差し歯を作る『歯科技工士』との関わりだ。そういった方々にはベテランの職人と呼べるような年配の方が多く、大学病院に出入りする業者さんに対して、上司の副院長から「彼があのトレノに乗ってるんだよ」と紹介されて思わぬところで話が盛り上がることもあったとか。

信頼のおける小西自動車のメンテナンスのおかげで、所有してからのおよそ10年間、学生時代の休日のドライブや職場への通勤に使ってきたトレノはノントラブル。昨年ついにアイドリングをコントロールするパーツがダメになり、コンピュータからエンジンルームへつながる配線をフルリフレッシュしたというが、そこにも桜木さんならではのこだわりが。

「最初はインテークの一部を交換するだけで済むだろうと思ったんですが、経年劣化で配線の状態がかなり悪いことがわかったんです。純正のハーネスを引き直すプランもあったんですが、いずれ原作みたいに5バルブのエンジンに載せ換えるのもやりたいと思っているのでフルコンを入れました」

原作では中盤でエンジンブローを機に、同型の4A-Gエンジンながら後継のAE111に積まれたハイスペックな5バルブエンジン(AE86は4バルブ)へ載せ換えるエピソードがあり、そのメニューを実現しやすくなるように、純正コンピュータをレース用として実績のあるLINK社製のコンピュータによる制御へ変更したのだ。

「そのためにも今一番欲しいパーツはドライサンプ用のキットです!」と意気込みを語ってくれた桜木さん。レース用車両やいちぶの高級車などにしか採用されない部品であり、導入には多額の費用もかかる。けれど「これといって趣味といえるのは、このハチロクをいかに作中のハチロクに近づけられるかを考えることだけ」と話す桜木さんにとっては、エンジンの載せ換えもドライサンプ化も、これまでやってきたエクステリアやインテリアの再現とそう変わらない感覚なのかもしれない。
そして桜木さんの実行力なら、いずれそのドライサンプ化された5バルブエンジンを搭載したパンダトレノが、ポルシェや様々な高級外車の横に並ぶ日が実際にやってくるだろう。
その素晴らしさは同じ職場で働く同僚の医師たちは理解してくれないかもしれない。
でも、頭文字Dファンや私たちクルマ好きにとっては、その光景はきっとどこか誇らしく見えるに違いない。

(⽂: 長谷川実路 / 撮影: 平野 陽)

[ガズー編集部]

愛車広場トップ

MORIZO on the Road