合掌造りのル−ツを求めて。その3
五箇山で最も古い合掌造り・・・前述のなかや家と同じ頃建築された国重文羽馬家。
元禄期は応仁の乱に始まる一世紀にわたる戦乱の世が治まり、庶民の生活が安定してきて、町人の文化が花開いた時期といわれます。農民の暮らしも重い年貢にあえぎながらも安定の時期となり、さまざまな様式の民家が生まれてきたようです。気象条件や風土に合わせて、東北の「曲がりや」、関東の「かぶとづくり」、九州の「くどづくり」、各地の「寄せ棟づくり」などが確立してきたらしいのです。
合掌造りもそのうちの一つで草創期のものとされるのがなかや家と並び、田向集落に残る羽馬家です。

五箇山の典型的な様式で妻(窓側)の方に入り口(玄関)のある妻入りになっており、前に茅(かや)葺きの庇(ひさし)が設けられ、中は塩硝づくりや和紙漉き、蚕糸の糸くりなどの作業空間となっています。