合掌造りのル−ツを求めて。その5
もう一つの大窪大工の残してくれたもの・・・・
重文村上家のすぐ裏の山方に円浄寺という寺があります。ここにも氷見の大窪大工のテによる建物・・・鐘楼が残されています。(写真は3月末)

古い棟札には「安永九年十月九日道場再興 棟梁大窪 義兵衛、」とあります。
他にも天明、弘化、高木清五郎、清三郎の文字もみえます。
この時仕事に来た大窪大工が上梨の在所に教えたのが今に残る獅子舞です。ここから各集落に伝わっていきました。
獅子舞はいわゆる俗に言う氷見獅子とも足がムカデのようで「ムカデジシ」とも呼ばれているそうです。加賀蕃の武術の鍛錬として舞われたとも言われます。
白川郷にも氷見獅子の流れの獅子が舞われています。
明日から始まる我が集落の春祭りの獅子舞の練習風景です。相倉集落は皮切りの20.21日でした。五箇山の春を謳歌するシンボリックな行事が春祭りであり、獅子舞です。ゴ−ルデンウイ−クまで五箇山のどこかの集落で太鼓の音が響き渡っていきます。