桜とおばあちゃんと筆の跡
花数が増える・・・変化の兆しが女将の好み。

うちの桜の日々の変化をどうぞ。






満開になると、興味が失せる。
散って葉桜の出始めに、また血が騒ぐ。
なんでだろう・・・と考えて、ふっと思い出した。
渡り廊下の桜の花の咲き始めが、気になるのは、咲くのを待ち焦がれた10数年前のあの日のせい。
筆のたった祖母が、晩年に自分の娘達あてに何枚も書いた色紙の中に西行法師の句があった。
願わくば 花の下にて春死なむ
この如月の望月のころ
祖母の告別式の日に、桜の花を棺に入れたくて、咲き始めたばかりの桜を手折った。
そのときから、咲き始めが気になってしょうがない私。
じゃ、葉桜が気になるのは・・・?
それは・・・その祖母が「桜は葉桜の出際がいいんだ」・・といっていたから。

たぶん、いまから40年以上も前、子どもの頃に聞いた一言だったと思う。
自分の無意識の中に、すっぽりと納まっていた祖母の言葉。
そんな「祖母の言葉」が自分の中に生きていることを、ふと自覚する。
ハイカラばあちゃんだったんですよ。
そんな風に過去を内包しながら、生きていくわけだ・・・と思ったりする。
まーなんというか、若いころには祖母からハガキが届いても、達筆すぎてよく読めませんでね・・・。
「うーん、御身大切に」
っていうのが、〆の言葉だったので、それは読めたんですがね・・・いやはや、ダメ孫な女将でございますよ。
どのくらい読めなかったかというと・・・・

実はコレね、その祖母が書いてくれた万葉集の書のひとつ。
英遠の浦に寄する白波 いや増しに
立ち重き寄せ来 東風を疾みかも
永芳閣の建っているのが阿尾。
万葉の歌人大伴家持は、奈良時代天平18年(西暦746)からの5年間を越中の国守として在任していたので、この地「英遠の浦(あおのうら)・・・」と詠んだ歌なんですわ。
この歌を祖母に書いてもらって、お客様の食事の際の御膳紙として使っております。
そこそこの年になり、多少は祖母の注いでくれていた愛情も理解できるようになって(あー、不義理な孫!)、ささやかな罪滅ぼしに、おばあちゃんの手のあとをきちんと残そう、と作りました。
でも、本当は、そろそろ目が悪くなってきていて、もう筆は持ちたくない・・といっていたのだけれどもね。
女将の心の中では、ぜんぜん意味は違うんですが
・・・この文字を見るたびに・・・
「何事も御身大切に」
とおばあちゃんにピシッと喝!いれられてるような・・・ダラダラ女将の戒めシートとなっております。
女将には、おばあちゃんの「手」は遺伝しませんでした。
女将の字は・・・・・・・・・・・ぶっちゃけ、雑です。とほほほ。
氷見温泉郷 魚巡りの宿 永芳閣の女将/平田淑江でした。