古きよき時代
昭和30年から50年頃の片品の写真が出てきました。
昭和30年ごろの鎌田、通称・本町通 国道・120号線

須藤商店の看板が右に見えますね
そのすぐ脇には『千明旅館』の看板が、
左の真ん中あたりには、『梅田屋旅館』の看板が見えます。
幅・2mぐらいだった道路が大きく広げられて・・・・・
車が通るようになったからでしょうか?
アッ、それと、左一番下に見えるのは、『金子自転車』?
次に見つけたのは、片品中学校の旧校舎の写真
現在は、片品村文化センターになっているところに
ありました。この写真の左のほうに体育館があり、
入学式や卒業式は、渡り板が置かれて、この校舎から
体育館まであるっていった記憶があります。
右の建物1階左が職員室ではなかったでしょうか。
そのとなりが『生徒相談室』、ここで、よく、良明パンチをもらって、
あごが痛くて、昼飯が食えない生徒がいたっけな・・・・・

トイレが確か真ん中の渡り廊下のところにあって、
あの当時はまだポットン便所だった。
女子便所の奥から何番目のトイレは
昔、生徒が落ちて、
幽霊が出るなんてうわさもあったような?
そして、、われわれが中学2年のとき、
机と椅子を背負わされ、引っ越したのが下の写真の
新しい中学校。現在の中学校である。

この中学ができる前は、ほんとうにさびいしところで、
熊が良く出た。
秋に、アケビをみんなでよく取りに行くところで、
畑の脇の木に登ってアケビをとっていると、
その畑の真ん中で、熊がとうもろこしの木を倒して、すわりこみ、
バリバリと、とうもろこしをかじっていた。
静かに木から下りて、みんなで自転車で逃げたのも今はいい思い出。
ちょうど、今の中学校の校庭あたりがカニのいるスポットで、
洗面器を持って、カニを取りに行った。
その頃は、まさか片中の校庭になろうとは
夢にも思っていなかった。
写真の手前の校舎の前で竣工式か何かのイベントを
やったの様な気がする。
もうあれから、かれこれ、33年?
そして、最後にスキー場の写真。
現在は『スノーパル・オグナスキー場』になっている。

この写真はたぶん昭和57年ごろかな?
この頃はまだ、武尊オリンピアスキー場が全盛期で、
冬、よくバイトに行った。
ここができてからは、冬、リフト員のバイトに行った。
そのころ世話になった役場の・確かこの当時は、
スキー場の運営は観光課でやってた気がする。
当時お世話になった健一郎さんや睦雄さんは
もうすっかり、偉い人になってしまった。
その当時の観光課長は、今、寺世話人で鎌田で活躍している。
スキー場ができたときはリフトが2つしかなく、
どちらも一人乗りのリフトだった。
その後、リフトが3つ増え、2つ増え、高速リフトができ、
クワットのリフトができ、コースも整備され、すばらしいスキー場になった。
あの頃バイトに行っていたときのホクホクのタヌキ汁や、
雪が一晩で2mぐらい積もって、リフトのハンキずらーねー
支柱まですっぽり埋まってしまって、1日中雪かきだったこと、
その頃、まだ、今ほど、圧雪車等が整備されてるわけでもなく、
普通の湿地用のブルでたまちゃんちの父ちゃんが
実に上手に掘っていたことが思い出される。
こうしてみると、片品はここ何十年で
相当の変化を遂げた。
それが良かったかそれとも悪かったか・
それは神のみぞ知る。