棚田復活ワークショップ
今後の遊休農地活用を考えるために、都市の方と体験型のワークショップを開催しました。


増富の御門という集落は、谷間に棚田が広がるとても景観の美しい場所です。棚田になっている田んぼは、一枚一枚の面積が狭く、トラクターが入れなかったりする場合もあるので、遊休化しやすい傾向があります。県道沿いにある荒れてしまった棚田を復活させて、体験をともにした中で今後の活用計画を考えよう、ということでワークショップ行ないました。

鎌で生い茂った草を刈っていきました。
地元の方は、刈り払い機やチェーンソーを持って出動。
こちらの方は、80歳を超えています。

何年も使われていなかったので、木もはえていました。


約2反の田んぼの草を刈りました。

その後、公民館でこの後の活用方法についてディスカッションしました。

栽培の過程の一部を都会の方が体験し、日々の管理を地元で行なう方法でたとえば、「企業の畑」として体験イベントや研修を行なったりするなどのアイディアが出ました。
最後の御門集落に住む農業委員の方の言葉が印象的でした。
「・・・少し前までは、『農地は先祖代々受け継いできた大切なものだから、荒らしていても絶対に人に貸すものではない』という考え方だったけれども、『使ってもらったほうが良い』という考え方に変わってきている。こうして、御門部落に、こんなに大勢の人が都会から来たということは、これが初めてだと思います。遠くから来てくださってありがとうございました。
私たちは井の中の蛙です。井の中の蛙というものは、外の世界を知りません。今日、大勢の方が遠くから来てくださって、こうして作業を一緒にできたことはとてもうれしいけれども、すぐに友人として迎えることができません。そこのところをご理解ください・・・」
増富はバリバリの『限界集落』です。
市の農政課の方の言葉も印象的でした。
「・・・日本全国過疎地域は『限界集落』になっていると言われていますが、本当の限界集落は都会のど真ん中でしょ。誰も人が住んでないじゃないですか。完全にコミュニティーが崩壊してしまってますよね。田舎はまだコミュニティー機能が維持されてるから限界じゃないですよ。じいさんばあさんががんばってるから。・・・」
「私は都市も農村もお互いに限界が来ていると思う。農村は経済が限界で、都会は命(生命)が限界だと思う」とNPOの代表は言っていました。
都市も農村も問題を抱えているのは、同じだと思います。
田舎は、仕事がないから住めない、農業で食えない、保守的、だから疲弊していく、それが問題です。(でもやり方によっては、住めるし食えます。)
都会は、自給していないので食べ物もエネルギーもどこかの誰かに頼って成り立っています。その過程が知らないところで搾取や環境破壊につながってしまっていることもあります。田舎のように家族みたいに隣人同士が助け合ったりすることも普通ではありません。都会の生活は生き物的な視点から見て、不自然=「命が限界」なんだと思います。
「農村の活性化」というと、田舎の人ばかりが問題を持ってるように言われがちですが、『あなたたちが問題を持っているから、何かお手伝いをさせてください」というのは、フェアではないと感じます。「また来たいと思うような交流がしたい」と求められても「友人」にはなれないのかな、と思います。
「都会側はこういう問題を抱えていますが、こういうことでは田舎の人に協力できます、都会の問題を交流する中で解決していこう」というスタンスで初めて本当の、「交流」とか「支援」ができるんじゃないかと思います。