第4期グリーンツーリズム実践大学7月講座−降幡廣信氏講演「日本人とその住まい」C
さて、1枚目のレジメに戻ります。上に民家というのがあります。庶民の一般住宅を民家といいます。昔は民家というと、その国固有の住宅という風に考えていました。日本は日本の伝統の中で生活しながら段々と家を作り上げてきました。世界どこの国も各国固有の民家を持っています。一般住宅であります。今我々が設計事務所や工務店が自分達の考えで作っているのは、伝統とは少し違います。少数の人が自分の机で考えたもので、それは伝統とは少し違います。伝統というのは神社仏閣等の特殊なものではありません。どういうものであるかというと、自然から雨・風から身を守る、安全であるということ、便利である、ということ、地域に合って作りやすい、ということです。よそから特殊なものを持ってきたりせずに手近な道具で最大の効果をあげるようにしてきたものです。それには作りやすいということもあります。身近な材料を使い、加工が楽で…というような家を作ってきました。そういうことにおいて地方ごとに幾分の違いがあるのはそのためです。安全で作りやすいものです。材料として日本の場合は材木が多く、一部土が使われています。現在は鉄やコンクリートが使われています。日本は木が多いということ、太陽の日差しが強く、雨が多いということから日本はとっても木に恵まれており、いい材料が育ちました。そこで日本では木を使って家を作ってきました。しかもその加工をできるだけ釘を使わないように家を作ってきました。それが日本の古来の民家です。
その国の地域によって生活、住まい方が違います。住まい方をみて、韓国と朝鮮、諸外国のことを申し上げましたが、国によって生活様式が違います。ここで玄関ということが取りだされています。日本の玄関は深い意味があります。ただ靴を脱ぐ場所ではないのです。これは、玄妙な関門と言う意味で、中国の言葉だそうですが、精神的な大事な入り口ということです。この玄関を通して日本人は外に出勤し、夜は玄関を通って家に帰ります。玄関を通る時に色んな物を示して、豊な生活、間違いない生活を送っていこうという意味を持ったものが玄関です。
戦後こういうことになりました。戦後玄関にあんな大きなスペースはいらない、という考えが行われました。また、床の間はいらない、という考えもできました。いかに日本人の生活が急迫していたかということです。その中で、三池炭鉱でこういう労働争議がありました。三池炭鉱の社宅に住んでおられた人達が、その社宅に格差をつけられました。偉い人の所には玄関と床の間をつけました。どちらかというと立場の低い人達の所は玄関、床の間を省略しました。所が労働争議の時に労働者から出された要求は、私達にも玄関、床の間が欲しい、というものでした。普通に考えれば、玄関、床の間はなくてもいいだろうと思います。しかしそういう労働争議があったというのは、日本人にとっては床の間、玄関というのは心の問題にとって大事なものである、ということです。そんな玄関については玄妙なる関門、単なる靴を脱ぐ場所ではありません。