宮沢賢治 童話集vol.5
〔やまなし〕より

『クラムボンはわらったよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
『クラムボンは跳(はね)てわらったよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』

『クラムボンはわらっていたよ。』
『クラムボンはかぷかぷわらったよ。』
『それならなぜクラムボンはわらったの。』
『知らない。』

『クラムボンは死んだよ。』
『クラムボンは殺されたよ。』
『クラムボンは死んでしまったよ・・・・。』
『殺されたよ。』
『それならなぜ殺された。』 兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べったい頭にのせながら云いました。
『わからない。』 魚がまたツウと戻って下流の方へ行きました。
『クラムボンはわらったよ。』
『わらった。』
にわかにパッと明るくなり、
日光の黄金(きん)は夢のように水の中に降って来ました。

『お魚はなぜああ行ったり来たりするの。』
弟の蟹がまぶしそうに眼を動かしながらたずねました。
『何か悪いことをしてるんだよとってるんだよ。』
『とってるの。』
『うん。』

『どうしたい。ぶるぶるふるえているじゃないか。』
『お父さん、いまおかしなものが来たよ。』
『どんなもんだ。』
『青くてね、光るんだよ。はじがこんなに黒く尖ってるの。
それが来たらお魚が上へのぼって行ったよ。』
『そいつの眼が赤かったかい。』
『わからない。』
『ふうん。しかし、そいつは鳥だよ。かわせみと云うんだ。大丈夫だ、安心しろ。
おれたちはかまわないんだから。』
『お父さん、お魚はどこへ行ったの。』
『魚かい。 魚はこわい所へ行った』
『こわいよ、お父さん。』
『いいいい、大丈夫だ。心配するな。そら、樺の花が流れて来た。
ごらん、きれいだろう。』
泡と一緒に、白い樺の花びらが天井をたくさんすべって来ました。
『こわいよ、お父さん。』 弟の蟹も云いました。
光の網はゆらゆら、のびたりちぢんだり、
花びらの影はしずかに砂をすべりました。

そのつめたい水の底まで、ラムネの瓶の月光がいっぱいに透きとおり
天井では波が青じろい火を、燃したり消したりしているよう、あたりはしんとして、
ただいかにも遠くからというように、その波の音がひびいて来るだけです。
蟹の子供らは、あんまり月が明るく水がきれいなので睡(ねむ)らないで
外に出て、しばらくだまって泡をはいて天井の方を見ていました。
『やっぱり僕の泡は大きいね。』
『兄さん、わざと大きく吐いているんだい。
僕だってわざとならもっと大きく吐けるよ。』
『吐いてごらん。おや、たったそれきりだろう。いいかい、兄さんが吐くから
見ておいで。 そら、ね、大きいだろう。』
『大きかないや、おんなじだい。』

『そうじゃない、あれはやまなしだ、流れて行くぞ、ついて行って見よう、
ああいい匂いだな。』
なるほど、そこらの月あかりの水の中は、やまなしのいい匂いでいっぱいでした。
三疋(びき)はぽかぽか流れて行くやまなしのあとを追いました。
その横あるきと、底の黒い三つの影法師が、合わせて六つ踊るようにして、
山なしの円い影を追いました。
間もなく水はサラサラ鳴り、天井の波はいよいよ青い焔をあげ、やまなしは
横になって木の枝にひっかかってとまり、その上には月光の虹がもかもか
集まりました。
『どうだ、やっぱりやまなしだよ、よく熟している、いい匂いだろう。』
『おいしそうだね、お父さん。』

親子の蟹は三疋 自分等の穴に帰って行きます。
波はいよいよ青じろい焔をゆらゆらとあげました、それはまた金剛石の粉を
はいているようでした。
私の幻灯はこれでおしまいであります。
賢治の学校・実習生 緑