「緑の倫理学」vol.3 文 中沢新一
雑誌「風の旅人」第7号より

「・・・自分が仕留めた動物のからだは丁寧に扱い、食べない部分はきれいに飾り立てて、<動物霊の主>のもとにその霊を送り返してあげなければならない。

そう考えた新石器時代の人類は、動物霊を供養するための複雑な文化をつくりだしていたのである。

東北の狩猟達の間に伝えられた熊霊供養塔や、木こりたちのおこなった草木塔の習俗の中には、新石器時代以来の(日本列島ではそれは<縄文>と呼ばれた時代である)人間と動物とを同化する思考の、あきらかな末裔をみることができる。

そこではたんに、なくなった動物の霊を供養する、という仏教的な言い方をしているが、じつのところは動物の中に自分の同類を発見する神話的思考が、そういう行為の源泉になっている。

猟師たちは簡素な形に変形されてはいるけれども、もとの思想とのつながりを失ってはいない<送り>の儀礼を、とりおこなってきたのである。

草木塔の場合は、その同化の思考とそれが生み出す憐憫の感情とを、動物の世界を越えて、さらに植物の世界にまで拡大しようとしたのだった。

<感情を持った存在=有情>の範囲を、植物にまで広げようとした結果、この心優しい供養塔がつくられることとなった。

仏教の研究者は、これは中世の天台宗で発達した<本覚*思想>の影響で生まれた考えだろうと、考えたがっている。
*本覚とは・・・・本来の覚性(かくしょう)ということで、一切の衆生に本来的に
具有されている悟り(=覚)の智慧を意味する。如来蔵や仏性を
さとりの面から言ったものと考えられる。平たく言えば、衆生は誰で
も仏になれるということ、あるいは元から具わっている(悟ってい
る)ことをいう。

仏教は<感情を持った存在=有情>にたいする同類の意識と、そこから発生する憐憫の感情にもとづいて発達してきた思想である。

それがたまたまインドの仏教では、有情の範囲を動物までに限定していたのにたいして、日本で発達した仏教では、その範囲を植物にまで拡大することによって、植物でさえ悟る(成仏する)可能性をもっているという思考まで、生むようになっていったからである。

しかし、たとえ本覚思想のような高級な考えが関与しなかったとしても、縄文的な思考の伝統を色濃く残す東北の庶民の間に、草木塔をつくろうという衝動は、つねに潜在的にあっただろう。
その衝動は、近世になって材木の消費量が増大して、おびただしい数の樹木たちを<殺害>しなければならなくなったとき、人々の心の中に強くわきあがってきたのにちがいない。

また逆に言えば、インド仏教の正統性にさからってまで、有情の定義を植物に及ぼしたいという衝動が、天台宗の思想家たちの心に強烈に芽生えたのは、彼らの心の中で仏教以前の神話的思考が絶えることのない作動を続けていたことを、しめしているのではないだろうか。
日本思想を突き動かしてきた根源の力が、そこにはっきりとあらわれている。」
(つづく)
賢治の学校・実習生 緑