「緑の倫理学」最終章 文 中沢新一
雑誌「風の旅人」第7号より

「今日、私たちは新しい環境の思想を生みだそうとしているが、さまざまな形をとって表現されているそのような思想では、かつて神話的思考を突き動かしていた同化の論理を、明確な原理をもった思考として取り出す努力が不足しているように、私には感じられてきた。

たしかに、人間と動物や植物を同化して考えようとするような思考法は、現代の私たちにはロマンティシズムとして受け取られてしまう恐れがあるので、慎重な人々は自分たちの思考を突き動かしているものを、おもてだって表現することに警戒心を抱いているようにも見えるのである。

しかし、私はそういう思考法を<対称性の論理>と呼んで、アリストテレス型論理(これが近代思考を支える原理なのである)を動かしている<非対称性の論理>とまったく同等な権利をもって人間の心をつくりあげている、もうひとつの確実な思考原理としてとりだそうとしている(中沢新一著「対称性人類学」講談社選書メチエ参照)。

人間の心は、合理的な思考をおこなう「非対称性の論理」と、異質なものの間に共通性や同類性を認める「対称性の論理」という、二つのちがう原理で動く思考が協同して働く複論理(バイロジック)として作動をおこなうとき、はじめて環境とバランスのとれた知恵のある思考をおこなうことができるのである。

草木塔をつくりだしてきた思考法の中に、私たちはそういう知恵の発露をみいだすことができる。

人間と動物を同化し、さらには植物と同化するこの思考法を拡大していけば、岩石や水や風など、この地球惑星上に存在するもののすべてに、人間は自分の同類を発見して、そこから真実の<生存のための倫理>を取り出していくことが可能になっていくだろう。

かつて知恵は神話の形をとって語られたが、それは神話的思考自体が知恵の構造をしていたからである。

21世紀に必要になる<生存のための倫理>は、おそらく、その神話的思考の中に、自分の模範を見出していくことになるだろう。」

(完)
賢治の学校・実習生 緑