稲 ダイジェストォー! 第二手
7/1の田んぼの様子です。

7/1(火)
田植えもひと通りおわり、ため息のひとつやふたつはほお〜っとつけましたが、すぐにも今度は稲の補植と水路周りの整備に入ります。

そわそわと頼りなさそうにあたりの様子を伺いながら、かぜにそよぐ新入りさんたち。

この時期、田んぼの中には一年ぶりの入水が行なわれます。
からっからに乾いていた粘土質の硬い土砂が、一気にぐにゃぐにゃの沼地のような環境に変わりました。
歩こうとするたびに、場所によってはズブズブ・ぐちゅーっと足に抱きつかれ、何度も長靴が抜けそうになるわ、泥浸しになるわで、なかなかに楽しかったです。

一見整然と並んでいるようにも見えますが、実際列に沿って中に入り歩いてみると、水流や風やカエルやイモリやヤモリやタニシや蛇やそのほかの小動物や飛んでくる白鷺(しらさぎ)などの影響で、稲が倒伏してしまっている箇所が幾つもあり、さらに流されて見当たらなかったり、折れてしまっている場合はあたらしい稲を補植していくのでした。

奥では豆さんが、その作業をおこなっています。
水面には反転した空の世界でこちらに向かって稲を植えつけようとしている豆さんの影がみえます。
あちら側から見れば、こちらの世界が空であり、またこちらの豆さんの方が影になるのかもしれませんね。
本体と影が全く同じ姿であることはほとんどありえない訳ですから、同一の鋳型から派生した二面性というよりは、おのおのまったく別個の存在といったほうが近いのかもしれません。

水中では今年刈った植物の亡骸があたりを浮遊しています。
自然農には、「もちださない・もちこまない」という基本的な考え方があります。
その土地に生育していた草草が、後にそこでいきる生物たちの養分として吸収されたり、生存のための住処として確保されていくのですから、有り難いですね。
むしろ草たちが生えてくれなきゃ、後代は困ってしまうわけなんです。
全身にじゅうぶんに蓄えられたゆたかさは、そのままに、そのものとして次世代に惜しまず受け渡されていくのですから・・・
にんげんも、ここから見習うことが沢山ありそうな気がしています。

いちばん上の田んぼは当初、水を入れてもぜんぜん溜まらず畑のようでした。
そこでみんなで協力して、畝の間や水路周り、水の出入り口を丁寧に調べて廻った結果、水漏れがいたるところでおこっていることが分かりました。
ほとんどが風水による破損というよりは、モグラ穴によるものでした。
そこいらじゅうにモグラの通路が走っていたのです!!
かれらの食糧(ミミズ?)も、ここには豊富なんでしょうね。

6月とはうって変わり、いよいよ水田らしくなってきました・・・というか、水田そのものです(笑)。
水田耕作が大陸で始まったのは7〜8000年くらい前、日本に技術が伝来したのが2500年くらい前だと聞いています。
縄文晩期から弥生の前期にかけてはじまったという水田の周囲の風景は、こことほとんど変わりはしないのでしょうか?
水田の上空には、こんな感じにひらかれた空がう〜〜んとひろがっていたのでしょうか?

・・・・水をながめ、天をおもう・・・・
おたがいによく知っているはずのじかんが そこにはたしかにやくそくどおり あるようでした。
賢治の学校・実習生 緑