「生命」最終章 文 白川静
雑誌「風の旅人」第6号より

「求めて、しかして与えられたもの、これを<命>(めい)という。

命とは、神に祈ることによって与えられたことをいい、
命とはもと神の命ずるところをいう。

命という字は、もと令としるした。

神に祈るとき、外界と絶つために深い帽子を戴(いただ)く。

この礼帽を戴き、跪(ひざまず)いて神に祈る姿を令という。
これによって神意を伺うのである。

のちに、跪くものの前に、祝詞をおさめる器をおいた。
その字が命である。

命令というが本来は一事、神に祈り、神の命ずるところをいう。

生命とは、かくのごとくにして与えられたものをいう。

ゆえにそれは、あくまでも所与的なものである。

しかしそれは、神によって与えられたものであるがゆえに絶対であり、大自然の
一環として、造化の作用に与(あず)かることのできるものである。

すべては造化の世界である。

すべてのものが、その中で生命が与えられている。
これを命という。

孟子(もうし)、*尽心(じんしん)上にいう。
<*夭寿(ようじゅ)うたかはず(疑わず)、身を修めて以てこれを俟(ま)つ。
命を立つる所以なり> と。」
*尽心・・・心のありたけを尽くすこと
*夭寿・・・短命であるか長寿であるか
賢治の学校・実習生 緑