2008年4月11日
滞在三日目の客人が、準備された自転車で農作業に7時半には出発された。若い人である。昨夜の電話では愚息長男が徒歩お遍路で宮崎を目指し10日目、愛知豊川からの公衆電話とのこと。おもに神社泊とのこと。二人の若者の歩みを祝福するかのように花咲き乱れる野である。
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2008年1月7日
引用・アランタカピのブログ「愛読書があるというのはとてもいいことです。読むって、つまり考えることであり不安になることであり、ひいては自己の在り様を認識しちゃってもいいかな、という気分を獲得することになります。というか、そういう気分になりかねないです。」2008年1月コメントのやりとり
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| 11:30 |
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2008年1月5日
宿・新春初来客をおもてなしに、綾ミニツアーに出立。長男裕人の希望の川中キャンプ場をフィナーレにして、郊外引越し希望者向け小田爪尾根コースから馬事公苑横の平野ブルーベリー園で剪定中の賢人のお話を聴き、バイト御礼参りの金土日へ。そしてやはり本願は大吊り橋の山ノ神社詣でへと温暖な正月の綾路である。
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| 19:48 |
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2007年12月24日
昨日のまつぼっくり保育園に続き、一気にバブル期に戻り、貸していた白いダブルのスーツを着込んで、厚生年金会館の宴会場の司会者席に陣取った宿主。「厚生年金未払いの方は、後で帽子を持って徴集に伺います」というジョークも交え歓喜のクリスマスの老若男女をハイにして、自分にも火が点いてしまい、夕暮れの帰路親友にビンタという暴挙にまで沸点が上がったのであった。
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| 10:10 |
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2007年12月23日
話は永くなる。現在形で我が家の子供全員高校生007の年にふさわしく、共同保育所の父母保母会が一員経営の青島加江田マクロビカフェZEALに集まりバブルな時代へタイムスリップするお茶会となった。2〜4の多子の子育てをやり遂げたのはそこがあったからという不変の記録を刻んでおかねばと思う。
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| 7:45 |
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2007年12月21日
綾のブロガー達が、フロム博多マインドシェアー&トキオ産土の客人をお迎えするという夜『風人の宿』の灯りは熱く燈った。
客人男女は瞬く間に全国に広がったガズーmuraを巡回してトレンドの布石を打つ精鋭たち。綾のブロガー陣は綾中学校版クローズな面々&中年男性二人組。
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| 6:54 |
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2007年11月8日
この場をお借りして初恋の人捜します。
男子校だったので男子でした。
写真は公開しません。おまけで「初代ボランティア三代美人」公開放送中のスタジオ。
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| 10:18 |
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2007年11月2日
北海道に酪農を学びに飛んだ高鍋高校ラガー。
まるで宮沢賢治の生き方をなぞるかのように無私にして世界全体の幸福を祈り続けた。
アートステーションどんこやの紙漉き職人第1号。
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| 11:23 |
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2007年10月25日
戦争に負けさらに罹病という負荷の中、夢を見続けることで生き抜いた青年。
私が動く時、そこに必ず予兆のように背中を押してくれる存在。それはまるでフォレストガンプの羽根のよう。今は今流れているサントラ「エリザベスタウン」に住んでいるはずの男。
いなくなっても私は限りなく甘え続けている。
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| 8:00 |
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2007年10月23日
友達もやはりこの世で生きていると思うと相当はげまされる。
気が小さい時は、家族という小さな範囲で愛を止めてしまうけれど、友達の事を心配したりすることで返って心が自由になれる。
そんなこんなで40年近くは離れ離れになっている友達が実は、心の広場ではまだ一緒に居てくれるような、それもあの頃のピュアな子供の気持ちのままで、その記録を始める事も生きている証しだと考える。
そのシリーズのトップはこの人!
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| 6:45 |
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