2010年2月9日
営業再開のお客様をお送りした後、余分な賄いをバスケットに詰めて、小春日和のハイキングならぬ奥さんの所属する県ボランティア協会の会議へと宮崎市原町へと走った。天の気は午後には生暖かいシャワーのような雨を降らせるのであった。
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2010年2月8日
おととし、徒歩で故郷に錦を飾った長男裕人氏が、京都へ上ったとめずらしく電話をくれた。倹約家なので深夜バスでかって一月半掛けて歩きぬいた道中を今度は、でえく修行にまた上る。豪語していたアフリカまでワールドカップ応援に歩くなどは、引っ込めて、職業訓練校の続きで京の師匠に弟子入りするらし。次男のとっくんの太秦のアパートに近いらしく、息子どもの京は寒さにも春が来たようだ。
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2010年2月7日
私らなんかより綾の風習に詳しい旅の研究者の一団は、古屋地区の年中行事に早くから出掛けられ、まだまだ冷たい風の中で結いの心の真髄を確かめられむとしておられる。今年の冬は格別に最後の最後まで冷たい。こういうの人と自然の冷戦状態というのだろうか。
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2010年2月6日
小椋佳のあったかい歌が似合う小春日和も無事終了。姪っ子をお供に陶房八十一氏が原稿の校正を手にやって来た。かわいい少女は、かわいく前歯が抜けて左前歯が少しのぞいていた。そうだ人間の春も身体から新芽をちゃんと出すんだ。孫持ちの私の黄ばんだ歯は、もう白くはならない。さらば青春。
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| 17:45 |
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2010年2月5日
12月初旬の賢治の学校OBの堀尾さんを房総へお見送りした後、丸々2ケ月のリフレッシュ期間も終えカムバックいたしました。11月10日のカイくん誕生あたりから、猫屋敷シフトに入っていたので3ケ月ぶりといった方が正解。じっくり休めました。やはり人間休養が大事です。それで、再開のお客様の到着が待ち遠しいことといったら。明日は5人が加わってにぎやかになり、このミヤバルにもきっと宿から春風が吹き出すことでしょう。
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| 20:30 |
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2010年2月4日
夕べは、照葉樹林プロジェクトワーキンググループの会合にご無沙汰していたのを出席した。来週末にメンバーでにぎやかに挙行する神楽坂視察の打ち合わせ。神楽坂のまちづくりvs綾という取り組みで、どんな化学反応を起こして帰ってこれるか。私は観光従事者として文化本舗の石田さんより2,3分で紹介をという役回りをもらった。六年目の開業日とも重なり「第二のふるさとを探しに」を新たに考えていこう。
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| 11:15 |
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2010年2月2日
夜が明けた。窓には内側に水滴の膜がカーテンとガラスの間の温度差を教える。もう、あの寒気はどっかへ去ったかな。旧暦ではお水取りは3月16日開始となっているし、ご当地では生目神社の祭りが最寒の峠といわれる。やっと宮崎らしくなってきた。このまま月末の小正月へのんびりと冬将軍さんは帰って往く。
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| 9:15 |
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2010年2月1日
2月1日となりました。雨です。宿の二階のリニューアルも最終日。エアコン取り付け、建具の取り付けをなされている。階下のわたくしたち宿人は、それぞれパソコンと格闘を続けている。と、宅急便さんが88ハチハチを届けてくだすった。何か小ぶりなので、いぶかしげに開封すると、なんとミニミニ化に進化しているではないか。オーガニックタバコの冊子もおまけで付いている。愛煙家で志の男、トモカズ(コーロキではなくピアニストのキムラ)がよく言っていたやつだ。教えてやろうっと。
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| 12:30 |
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2010年1月31日
雨の日曜。頭には美夢みゆちゃんが乗って筋トレしてくれているベビーシッターな日。水曜には事故で心配したひろとカップルが映画怪獣達のいるところに連れ出してくれたという。我が宇宙に産まれた新星の軌道に一喜一憂し今日も航行する。しかし「爺じお口くちゃーい」には参った参った。
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| 15:30 |
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2010年1月30日
蒲団の中でもぞもぞと考えを巡らせていた。相当、ブログ〜アジア砒素ネットの最前線レポートの川原一之氏の兼高かおる世界の旅っていう感じのエベレスト報告にたまげた余波かも知れない。そう、今朝は70人くらいの第25回ふれあいの旅の皆さんもそわそわ準備中のことだろう。かわいい子の冒険よ、良き果実を得む。
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| 7:30 |
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2010年1月29日
レコード盤を回している。SワンダーからGベンソン、またSワンダーと黒艶の朝。朝日とリズムがシンクロする。否が応でもニッポンの私もグッと構える。そうだった、選挙会場の小松台小学校には緯度を示す柱が立っていた。上海〜カイロ〜エルサレム〜ニューオリンズと同緯度だそうだ。ということは、ニューオリンズっぽく今日は始まったという訳だ。おっ大工さん到着。館全体が創造のリズムに包まれ、新しい宿の誕生はもうすぐ。
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| 10:30 |
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2010年1月28日
昨夕は、奥さんがひょっこり宿に戻った。持ち前の不機嫌を纏うのに加え、熱っぽい顔をオリーブ油でてからせ亥年の面目躍如の面持ち。体温計は36,5を示し、ひと安心。そのまま週末のふれあいの旅実行委員会へ戻るというので付いて帰る。夕方の雲はなにやら暗雲となり、夕空を攻め寄せてきた。そして夜半には激しい雨も。
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| 11:45 |
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2010年1月27日
宿に一人泊まった。管理人室の物であふれる1号室に丑寅の刻ごろ丸くなった。ホルトノキ試作に没頭して夜更かししたが、睡眠は睡眠、あたり一面霜が降りた綾に今日生れ落ちたみたいに目覚めたのであった。
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| 11:45 |
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2010年1月26日
日の出の冷え込みはヘビー級。お湯ではらった車のフロントガラスもみるみる凍ろうとする外気を切り裂いて綾へ向かう。初日は和室壁のエアコンの移動完了。マスジュウ大工さんは談話室つくり。宿の二人はパチパチ向かい合って互いの編集で過ごす。
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| 12:45 |
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2010年1月25日
お稲荷さんを作って食べた。コンコンコン、ニッポン國には根強く信仰というものが確かに在る。昨日は人気のヒーリングスポット江田神社に厄落としに参った。偶然にもどんこやメンバーのご家族とも一緒に参拝した。お隣の願いは人知れず、私の祈願とミックスして受け取られたことだろう。年末年始四人の子供たちに次々に降りかかる車にまつわる災難よ。残されし京都太秦の受験生トックンの安全祈願であった。
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| 16:45 |
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2010年1月21日
一陣の風が朝吹き始めたかと思うと、にわかに外が野良猫の遠吠えに騒がしくなった。ふーん、勝手知ったる猫屋敷にも、異様な雰囲気を漂わせた巨猫が堂々と、ミカジメ料を集金にやって来た。声を殺して、家猫と一部始終を観察した。突風の方は、川筋にかけて人命を危うくするくらいの生暖かいが見えざる統治を感じさせる日であった。人間界はもっと辛らつな統治合戦が繰り広げられている。
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| 22:00 |
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2010年1月20日
二年ぶりの召集で、NPOアドバイザー意見交換会へ出掛けた。スリムになった聞風坊やらはファンドレイジング研修に上京が決まるなど県都宮崎からの市民活動底上げの波紋は静かに深化するぜよ。
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2010年1月17日
火曜の申告会計からご無沙汰の宿で冬の日曜の午後を過ごす。賢治の学校からは依頼のビデオが来ていて、親切にも古代米パックのおまけも添えてあった。自然農の古代米はカラフル、旧暦ではようやく師走、あと一月丁度バレンタインデーが新春となる。
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2010年1月14日
今週は8時に勤務に就くともちゃんのアッシーくんが続く。ので、ので、ので朝の雪の降り始めを駆けたり、史跡に立ち寄ったりと勝手にルーツを探る時間が持てている。
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| 13:00 |
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2010年1月12日
一月ぶりに、会計さんが申告の準備に綾まで来てくださって抜かりなし。いつもこの時期は、深刻な気分になる。おっしゃるとおり、先代亡父のお陰で今がある。しかし、この二月の改装休業には唖然としておられた。2月からリニューアルして頑張ります。です。誠に悠長な実態なのではある。
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