焼酎伝承は笠沙から
焼酎づくりの技術者“杜氏(とうじ)”その技術者集団も村が笠沙にある。
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焼酎づくりの技術者【杜氏の里】黒瀬集落< FONT> |
時は明治。風光明媚な笠沙の地に3人の若者が焼酎づくりの技術を伝えます。耕地少ない黒瀬の集落に、またたく間に広がった醸造の技。男たちは季節になると、九州一円の酒造場に出稼ぎにおもむき、杜氏、蔵子(杜氏の弟子)として腕をふるい「黒瀬杜氏」と呼ばれ活躍した。
左の5種類の焼酎を作る「杜氏の里笠沙」。高齢化、後継者不足で焼酎づくりの技が途絶えてしまうことが危惧されましたが、笠沙町は技術者集団の町でありながら、全てが出稼ぎであったため町に焼酎工場が1件もなく技術を伝承することができませんでした。
そこで、笠沙町が焼酎づくりの技術を伝承する為に建設した工場が「杜氏の里笠沙」です。
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SHOCHU MUSEUM
TOUJINOSATO KASASA |
焼酎づくり伝承展示館
杜氏の里笠沙
杜氏は焼酎醸造の一切をまかされる焼酎づくりの技術者です。機械化が進んだ現在では、杜氏たちの経験に頼る手作り焼酎は減りつつあり、その技術も消えようとしていました。そこで杜氏の里笠沙は、笠沙に息づく黒瀬杜氏の技を手づくり本格焼酎の味とともに紹介しながら未来へと伝承することを目的としています。
■杜氏の里笠沙入口
焼酎は蒸留酒であり、その起源は、紀元前3000年〜3500年ほど前のメソポタミアとされています。そこから各国へ広がり、ギリシャや古代エジプトでも盛んに酒づくりが行われ、焼酎の起源もこのころではないかと言われています。
東西を結ぶ、文化・物流の道、シルクロードを通って7世紀前半にアラビア人によって蒸留技術がアジアに伝えられたそうです。
そして、中国より早い時期に、東南アジアから琉球へと伝わり、南九州にたどり着いたそうです。



杜氏の里の中庭にあるこの三つの“あずまや”このルーツの建築様式を模したものです。


■杜氏の里笠沙の建物と玄関前


■展示館内 黒瀬杜氏 と 蒸留器
この老人(人形)が昔の杜氏の生活等について話してくれます。


■九州各地の焼酎 と 器
鹿児島は芋焼酎、熊本は、球磨焼酎(米など)、大分は麦焼酎などが主です。
器は、鹿児島では黒薩摩焼の黒千代香(くろじょか)が有名です。


■各酒蔵のはっぴ と 工場
酒蔵によっていろいろなデザインのはっぴ。今ちまたでは、酒屋の前掛けがはやりとか。
杜氏の里笠沙の工場。手前にならんだ“かめ”で仕込まれる。杜氏の里笠沙の焼酎は木樽醸造かめ仕込み。準手づくりです。