甘玉子小話 (七)
杖立温泉がなんとなく歩き始めています。
九州三湯物語もはじまりました。
“甘玉子”はいずこへ〜・・・。
「おい、そろそろぞ。」
「・・・。ん、あら、こんな時間ね。あんた、起きちょったつね。めずらしか。」
「俺が起きちょるとも珍しかもしれんばってん、お前が俺より寝ちょるこつも滅多にゃなかぞ。」
「まだばってん調理場にやっと電気が点く頃やき大丈夫やねー。」
「おう、まだ良かぞ。・・・お前、眠れんち言いよったくせん、ばされ早ー寝ちょったね。」
「ほんなこつ、早っかったー。全然覚えん。」
「まぁ良かたい良ー寝たつなら。ほい、がんばってきない。」
金衛門が栄より先に起きていることなんてそうあるものではない。
やはり気にはなっているようだ。
そんなやさしさを栄もわかっている。
というよりも、すでに昨日の少し紐が解けた時点から金衛門のほうが眠れなくなっている。
栄の入れた朝茶をすすりながら、たまには朝から外に出てみようかと言う気分に駆られ、玄関へ。
少し肌寒いがいい気分だ。
朝茶もうまい。
川のほうへふと目をやると数人が「はや」を釣っている。
何の気なしに橋の上へ行って眺める。
「こんな朝もいいもんだ。」
と、独り言をいいながら、明日から日課になりそうな予感がしていた。
「おはようさん。昨日は遅くまでありがとう。」
先生が髭をさわりながら、橋を渡ってきた。
「お散歩ですか。」
「おたくに世話になるときにゃ、雨の日以外は毎日たい。それにしても片手に朝茶とはいいねー。」
「先生もどうですか。ちょっと待っちょってくださいよ。」
橋の上にある床机に座り、釣り人を眺める。
河本もここに来た時にはほぼ毎日見る風景だがこの時間のお気に入りの風景だ。
「お待たせしました。」
「悪いねー。・・・フー、フー、Zzzz−、むーふ、うまか。良かねー。」
「そうでしょ。」
「金衛門さんはいつもこれかね?」
「いやー、今日はじめてなんですが、日課になるごたるですな。」
「うん、実にいい。ここに来るたんび、良かこつば覚ゆる。風呂も良かし、極楽たい。」
「ありがとうございます。でも先生、昨日のこつばってん。」
「あー、ありゃな、あしこまで言ったら後は女将が気長ごー考えなしょんなかばい。」
「いえー、きっかけだけでもわかっただけで助かります。栄もありがたがっちょったです。」
「俺もぼちぼち考えちょこ。ぼちぼちばってん・・・。ごちそうさん。」
カラコロと下駄を鳴らしながら湯元屋の暖簾を潜った。
橋の上から我が屋を眺め、少し冷めたお茶をすすった。
一方、栄はやはり忙しく働いていた。
午前中いっぱい、お客様を見送り、次の準備を進める。
だが、いつもは夕方お客さんの到着する頃、玄関にいて、いつでもあいさつが出来るように準備を整えておくのだが、今日は特別に仲居頭の“さっこさん”にその役を譲り、自分はお客さんを観察する段取りをしていた。
今日、全ての謎に終止符を打つ覚悟だ。
「じゃ、今日はいつもと違うけど、よろしくね。」
「おっ、気合が入っちょるね。でもあんまり肩に力が入り過ぎちょるばい。後は任せない。」
金衛門に後押しされ、金衛門の定位置を今日は借りることにした。
なるほど、この場所はいい場所だ。
すべての動きが見える数少ない良いところだ。狭いということを除けば・・・。
夕刻になり、お客さんが着きはじめた。
今日はいつもより常連さんが少なく、新規のお客さんが多い予定だ。
「こんにちはー。」
お客さんが玄関に入ってきた瞬間、あの違和感が・・・。
栄はいつもと何が違うのか、どんな様子なのか必死に観察している。
つられて金衛門も案内するのも忘れ観察している。
「「あっ、すいません。こちらでございます。」
金衛門がやっと気がつき奥へと通した。
観察は栄に任せることにしたほうがいいようだ。
と、次のお客さんが玄関へと。
また、あの違和感だ・・・。
栄は紙と鉛筆を持ち、気づいたことをなにかしら書きなぐっている。
まだ紐は解けていない。
全てのお客さんが到着した。
だが、栄が待っていたものは、お土産として持ってきてはくれなかったようだ。
・・・なんだろう?
もう少しのような気もしている。
「女将さん、今日は新しい人ばっかりですねー。常連さんが少なかですよ。それに自家用で来ちょる人が多くなってきたき、ばされ疲れちょるごたー。」
「・・・。」
「・・・。さっこさん。」
「それ!それたい!あんた、あんたー・・・。」
栄の感じていたものとは「顔」であった。
常連さんにしても新規のお客さんにしても交通手段としてバスしかなかったものが、ここ数年ほど前から、車で杖立温泉に来る人が急激に増えてきているのだった。
現在舗装されている道路とは違い、細く曲りくねったがたがた道を、しかも自家用車が増えたため、杖立周辺の道は混雑していた。
そんな道を長い時間かけて運転して来るのだ。
疲れないわけがない。
湯元屋旅館を訪ねて来るお客さん、つまり栄を訪ねて来るお客さんであるから、会った時にはお互い離れていた身内であるかのように喜んでしまう。
そのことがより一層表情を隠してしまう。
疲れているけれども会った時のその喜びに隠されてしまうそのことが、違和感となって栄には伝わっていたのだった。
「顔」見ているようで見ていなかった。
お客さんのことであれば解っていたつもりだったと自責の念に駆られる。
金衛門も黙って栄の言うことを聞いていたのだが、あまり栄が落ち込んでいるのを見るに見かねて
「じゃ、解けたきん、次はどげするとや?ようやくたどり着いたっちゃろ。たどり着いただけでそれは答えじゃねぇぞ。せっかくじゃき、もうちょっと考えて本当の答えば出してみろ。」
側で聞いていた河本も
「後は女将が思う通り。何でもできるじゃなかね。」
栄も落ち込んではいたのだが、二人の応援もあり、元々が前向きな姿勢なだけに、湯元屋旅館だけじゃなく杖立温泉全体の問題として捉えなければならないし、このことをみんなに伝え、答えを出さなければならないと思っていたのだった。
「二人の智将の顔を立てて、ひとつやってみますか。」
栄はさくら橋に向かってもう歩き始めていた。
