陸上自衛隊新型戦車開発の背景2
90式戦車が配備された前後の主要国の戦車は。
まずアメリカだが、この国は長くM48からM60に続く主力戦車を使い続けてきたがさすがに将来にわたって威力不足を認識してMBT−70という新型戦車を当時の西ドイツと共同で開発した。しかしこの戦車は価格の高騰、そして主砲に使用するミサイルの信頼性不足?から結局配備されることはなかった。
西ドイツはこの後レオパルト2を開発するが、至急に新型戦車開発の必要性に迫られたアメリカはM1を世に送り出す。この戦車は各国が120ミリ滑空砲を装備する中105ミリ施条砲を装備し、車体の割には武装が弱いといわれたがこれはアメリカ独特の開発方法で取り敢えず余裕のある車体に確実な105ミリ砲を装備して世に送り出して急場を凌ぎ、その後、大口径の砲を装備した改良型を開発するという如何にも手堅く資金にも余裕のあるアメリカ方式だと思う。
その後、M1はA2というC4I完備、120ミリ滑空砲装備、装甲強化改良型に至って世界最強といわれる戦車となった。しかし装甲を強化した分重量は68トンとも言われるスーパーへヴィー級の戦車となったが、十分に余裕のある車体容積やエンジンのパワーでまだ改良の余地があるという。
今後は側面、後面装甲の強化やリモコン銃塔を装備した市街戦キットなどが開発され、2030年頃までは主力戦車の位置を保持する計画という。
次にドイツだが、この国はMBT−70計画が放棄されるとレオパルト2の開発に乗り出し、世界で最初の第3世代戦車として世に送り出した。早く開発されたということは当然旧式化も早く各国の第3世代戦車が出揃う頃には射撃統制装置や通信装置、装甲の旧式化が叫ばれだすと今度はレオパルト2A6という最新のエレクトロニクスと強力な装甲で防御した改良型を世に送り出した。
このレオパルト2A6も重量が65トンほどにもなるへヴィー級戦車だが、これも改造の負の遺産として重量が増加したわけではなく主砲の長砲身化や市街戦を想定した装甲の強化で重量が増加したようだ。しかし大排気量ディーゼルの使用で機動力に特段の問題はないようだ。
冷戦時は戦車の敵は戦車だったが、冷戦構造が崩壊すると戦車の敵は物陰から側面や後面を狙ってくる歩兵用対戦車ロケットやミサイルに取って代わった。これらは歩兵1,2名で取り扱うことが出来る上、威力は戦車砲弾以上というのだから元々そう厚くもない側面や後面の装甲を狙われたらたとえM1だろうか一たまりもない。そこでこれらを防御する各種の装甲が考案され戦車の全周にわたって張り巡らされるようになった。
次に英国だがこの国はチーフテンの後継を模索中、王政イラン向けに製作したシャー1型?とかいう戦車がイラン革命で宙に浮いてしまい、その救済のためチャレンジャー1として採用した。この戦車は120ミリ施条砲を採用したかなり保守的な戦車で射撃統制装置も同世代の他車のものよりも劣ると言われNATOの射撃競技会でも万年最下位だったのが湾岸戦争では5400メートルでイラクの戦車に初弾を命中させて英国の司令官をして「我が国の戦車は競技用ではなく戦うために作られている」と言わしめたそうだ。
しかしさすがに他国仕様の流用では使い勝手が悪かったのかほとんど新規開発と言っても良いくらいのチャレンジャー2型を開発して1型420台を廃棄して2型380台余を新規配備した。この戦車は英国戦車の伝統と言っても良いくらいに重装甲だがさらにイラク戦争を経て市街戦を意識した装甲強化を図っているようだ。
こうして見ると各国の第3世代戦車は射撃統制装置、通信機器を更新して装甲を強化し、機甲戦だけでなくゲリラ戦や市街戦にも適応可能な3.5世代に移行しているようだ。