あり得ないことが、(147)
これはフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません。
午後もちぐはぐな雰囲気で結局何も出来ずに終わってしまった。北の政所様も困り顔で僕を見詰めていたが結局何も言わずに引っ込んでしまった。
『そんなに僕ばかり見詰めるな。僕が何をしたんだ。悪いのはあの脳天気だろう。文句は脳天気に言え。』
僕は北の政所様にそう言ってやりたかったが、これ以上問題を拡大しない不拡大方針を貫くと女土方に約束したので黙っていた。しかしそうして黙っていることがまた余計に僕を苛立たせた。あっちこっちから怒りばかりが噴き出して来てどうにも収拾がつかなくなりそうな状態に陥りそうになって僕ははたと考えた。どうして何もしていない僕がこんなに苦しまなくてはいけないのかと。
そもそも原因を作ったのはあの脳天気なのだし、状況を勝手に拡大して来たのも脳天気だ。僕自身はただあいつのペースに巻き込まれて流されているだけで何ら自主的な行動は取っていないではないか。そんなことで僕が苛立って嫌な思いをするのはばかげている。ここであいつと仕事で接する以外にあいつが何をしようと僕の知ったことではないじゃないか。
僕に対して何かをして来た時にだけ僕なりの対応を取れば良い。それこそ政治家じゃないが『是は是、否は否、つまり是々非々』で対応していけば良いことだ。そしてもしもやつが敢えて僕の存在を脅かすようなことを再度しようとするのであればその時はこっちにも考えがある。
いかなる場合も紛争の解決を武力に訴えることは行うべきではないとは思うが真に存在を脅かされる場合は武力の行使も止むを得ないだろう。そう腹を決めると何だか憑物が落ちたように気分が軽くなった。
僕は一部の人間達が思うほど飄々淡々と生きているわけでもないのだが、気持ちの切り換えはかなり早い方だと思う。そうだからこそいきなり女の体をあてがわれても無事とは言えないまでも何とかしぶとく生き抜いているのかも知れない。
そして夕方、定時少し前に脳天気は部屋に帰って来た。誰もが固唾を飲んで見守る中、脳天気は僕の側にやって来た。
「大まかな調査の結果が出ました。主任が考えているような企画については幾つかの旅行社でぽつりぽつりと商品として売り出し始めているようです。ただし問題点として留学などを企画に加える場合ものによってはそれ相応の受入れ先を探すのがかなり厄介なようです。
しかし、いずれにしても団塊の世代のように退職後の時間も金もあるという世代をターゲットにした場合、向こうに行くというのは大きな目玉になるセールスポイントですから質量ともにそれなりの受入れ先を探さないと。ですから先方に受入れ先を確保出来るかどうかがこの企画のネックになりそうです。」
「方面によって幾つかの企画を合わせて数をまとめて送り込んでから行った先でそれぞれの受入れ先に振り分けるという手も使えるわね。」
「確かにそうですがこちらの思惑通りにまとまってくれるかどうかという問題はありますね。」
「今後の検討事項と言うことね。じゃあ暇を見てどんな企画があるのか調べてみてくれる。出来るだけ業者の事情を中心にね。私の方もネットで探すわ。」
「分かりました。ある程度企画の的を絞って現地で調査すると言う手もありますが、もう少し先の話ですね。主任と出張出来れば言うことないんですけどね。」
かなりまともな仕事をして来たと思っていたが最後にやはり落ちがついた。まあこいつはこういう奴なんだろう。
「出張も何も今は可能性を探る時期でしょう。それに出張と言ってもあなたは言うことないかもしれないけど私は言うこと大有りよ。余計なことは考えないでね。」
僕は無駄とは思ったが一応はこの脳天気に釘をさしておいて様子を見ることにした。確かに持ち帰った結果を見る限りではこいつは仕事のセンスは悪くないと思う。でもどうしてそれが自身の行動に反映されないのかそれが返す返すも残念だ。
僕と営業君の対決はこうしてあっさりと終わってしまい事の成り行きを固唾を飲んで見守っていた観衆はそれぞれの思いを込めて深く息を吐いていた。
「大人の対応、お疲れ様。ありがとう。」
女土方は僕の側に来て口を耳に寄せて小声で囁いた。僕はその女土方の肩に腕を回すと抱き寄せて髪に口をつけた。
「好きよ、あなたが。」
僕はもう一度女土方を軽く抱きしめた。僕と女土方の仲はもう誰知らぬ者がないくらいに有名なことだったが、それでも衆人環視の状況でこんな行為に出たのには誰もが驚いた様子だったし、当の女土方自身顔を赤らめて対応に戸惑っている様子だった。彼女には気の毒だったかもしれないが、何としても脳天気な営業君には知らしめておかないといけない。
「あ、佐山主任、それはいけません。自然の摂理に反しています。」
営業君が素っ頓狂な声を上げた。
「いいのよ、この二人は。これが二人にとって自然の摂理なのよ。誰も割り込めないわよ、この二人の間には。」
テキストエディターのお姉さんが声を上げた。クレヨンも「うんうん、そうそう」というように隣で頷いていた。
「“I have my style and you have your own but we don’t share the same one.”ってことでしょう。もうこれ以上このことについてはあまり言いたくないわ。でもそれだけは分かってね。」