神人和楽part・1 木花開耶姫
久しぶりの雨の中、高天原と逢初川へ行ってきました。
高千穂は、来月より夜神楽のシーズンに入ります。
11月中旬から翌年の2月中旬まで、各集落ごとに行われます。
でっ、私たちも神楽の練習を始めました!
お師匠さん(神楽歴:5・60年)や中堅者(神楽歴2・30年)の方たちも練習に来ます。お師匠さんが来るとやっぱり緊張感が違いますね。
「あっ、そこはそげぇ舞うちゃねぇよ」舞いの所作に一つ一つに注意が入ります。伝承するためには、厳しいことも言われて当たり前なのです。
一通り練習が終わると、直会(なおらい)を始めます。お師匠さんの声掛で一礼一拍をし、お神酒(焼酎がほとんどデス)を頂きます。でも、車で来た者は、お茶飲みです。
練習の楽しみは、この直会があるからです!!
この場では、お師匠さんも若い者も神楽談義になります。 気がつくと時計の時刻は翌日になってることも度々あります。
(遅くなって嫁さんに怒られたこと、数回あり。でも寛容に許してくれる嫁さんに、感謝しております。本当デス)
今日の本題! 高天原の話です。
神楽の唱教(しょうぎょう:神楽を舞いながら唄う歌詞)の中に、
雨の降る 高天の原を通りきて 清瀬の原で逢うぞ 嬉しき
という唱教があります。若い者から質問で、「これは高天原遥拝所辺りのことでしょうか?清瀬とはどの辺りなのですか?」って聞きました。
お師匠さん:「そうじゃわ、遥拝所の辺りは昔の古道があったったい。清瀬は多分、逢初川のことじゃろう」というお答え。
質問をした勉強熱心な:H君を連れて、高天原へ行きました。
くしふる神社の鳥居傍から四皇子ケ峰神社へ行く道を登っていきます。
少し登ると、案内看板があります。小さな鳥居をくぐって行くと・・・
左手に、四皇子ケ峰神社があります。神武天皇のご兄弟四御柱の神様を
祀っています。前方の鳥居をくぐって行くと遥拝所に着きます。
階段を上り詰めると、ようやく遥拝所に着きました。
小さな石のお社があります。
同行したH君:「身が清められる雰囲気ですね。」
私が小さい頃、爺ちゃん達から「靴を脱がんと、中に入れんぞ!」と言われました。そう言えばどっか他にもここと同じように、靴を脱いで入る神蹟があったことも思い出しました。
高天原 と書いてあります。
遥拝所をあとにして、昔の古道に行きました。
緑のトンネルです。
心地よい木の香りがあたりに漂っていました。
国道を横切り、下川という集落へ向かいます。
逢初天神様のお社です。
商売繁盛・縁結びの神様なのです。
※この神社の夜神楽は、12月1日(土曜日)
下川登公民館で行われます。
是非お越し下さい。私も神楽を舞いますよ〜。
さて、境内の左手の坂を下ると、逢初川です。
逢初川の案内看板です。
逢初川の水神様です。
昔は滾々と湧いていたそうで、今は少ししか湧いていないそうです。
また神楽歌にも、
日向なる 逢初川の端にこそ 宿世結びの神は まします
神代の昔、天孫ニニギノ尊が歩いて逢初川の辺まで行きました。
そこの水辺にいた美しい木花開耶姫(コノハナサクヤヒメ)に一目ぼれ。
尊は、愛しい姫に逢いたくて、毎日高天原を通って行きました。 雨の降る日、尊は逢初川へ向かい、「こんな日には姫は居ないだろうな」と思いながらも逢いに行きました。でもそこには尊を待つ姫が居ました。尊は嬉しくなり姫を妻に娶り、幸せに暮らしましたとさ。
H君に、この話をしたらすご〜く喜んでました。
H君:「この唱教を歌うとき、この情景が浮かんできますよネ。」
H君一言:
「木花開耶姫って、この前地盤沈下で井戸に落ちた銅像ですよネ」
この話は、七夕の朝に消えた銅像の話です。
詳細は書くと長〜い話になるのでwebで見てください。
木花開耶姫 岩戸ならぬ井戸に「お隠れ」
木花開耶姫 引き上げ
木花開耶姫 再び鎮座
是非、高千穂に来られましたら一度見に来てくださいね。
若しかしたら、ご利益あるかも?