49年目の9月26日
朝、新聞を開くまで忘れていました。
朝刊を開いた途端、あの悪夢を思い出しました。
伊勢湾台風に襲われたのは私が小学2年生のときです。この家も新築から2年目、初めて遭遇する巨大台風でした。高台の我が家はもろに風が吹き付けました。南側のガラス戸は大きな1枚ガラスで、今と違ってガラス戸も雨戸も木製ですから外から補強してあっても大きく「しなる」のが子供の私にもよく分かりました。吹き付ける風に戸が飛んでしまわないように、家族4人全員で内側から必死で押さえていました。
当時は土壁だったので、雨がしみこんで弱くなった壁土がどさっと落ちてきたりしました。戸を押さえている肩の上にも容赦なく壁土は落ちてきました。子供心にホント怖かったです。
夜中12時前、台風も漸く過ぎ去り、様子を見ようとみんな外に出ました。その頃、家のご近所といえば道路の反対側に3軒あるだけでした。
月が異様にきれいに見えていたのをはっきり覚えています。どの家も屋根瓦が沢山飛ばされていました。
「大変な被害だ。」
我が家も大変だと思っていましたが、もっと大変な事態になっていたのは、名古屋・南区で八百屋をしていた母の姉のところでした。1階は完全に水に浸かり、伯父も伯母も2階に逃げて無事でしたが、1ヶ月近く水が引かず、2階の窓から船で出入りしたと聞きます。伯母の家には今でも2階に上がる階段の柱にそのときの水位の痕が残っています。犠牲者の遺体置き場になった中学校は目と鼻の先でした。
台風が去って数日後、母は伯母に頼まれて後片付けの手伝いに10日ほど行っていました。後で母から聞いた話はほとんど忘れましたが、ひとつだけ忘れられないことがあります。母が帰ってきたとき、伯母のところに届いた救援物資を少し分けてもらってきました。その中に初めて見る食べ物がありました。薄いオレンジ色をした四角い食べ物は、食べるとパサパサして石鹸を食べるとこんな感じかなと思いました。美味しいとはとてもいえません。それが私が初めてチーズに出会ったときでした。
訳も分からず、そのまま食べてもおいしくないので、味噌汁に入れてみたりしました。やっぱりうまくない。(笑っちゃいますね)
その後も第二室戸など大型台風のたびに同じような怖い思いをしてガラス戸を抑えていました。だから、今でも台風が来るといわれると緊張します。トラウマでしょうか。普段外に置いてあるもので飛びそうなものはとにかく片付けます。
このところ、大きな台風にも襲われず、まさに「備えあれば憂いなし」状態で、慌てて片付けたものをまた外へ出すのは「くたびれもうけ」ですが、何事もなければ幸いなことです。
台風が来るというと身構えてしまう私の習性は一生直らないでしょう。