Legend
伝説の・・・
武周ヶ池(ぶしゅうがいけ)は、福井県福井市二ツ屋町に位置する湖です。
データ
淡水湖沼
面積:11ha
標高:270m
越前加賀海岸国定公園第2種特別地域
概要
南北約1.5km、外周約4kmの南北に細長い池で、日本海へ流れる大味川の上流部に当たります。
1590年(天正18年)に、池の東側にあった天賀峯が山津波を起こして崩壊し、大味川を堰き止めて現在の湖が形成されたと言い伝えられています。
湖の周囲に整備された遊歩道から、泰澄大師が修行した越知山の山頂に至ります。
茗荷付近の最上流部では県内で唯一のタチヤナギの群生林(高さ5m〜7m)を見ることが出来ます。
[編集] 武周湖ダム
湖の下流部が蒲生町の水路式発電所に送水するようになっています。
形式:中心コア型アースダム
堤高:20.3m
堤長:91.5m
堤体積:61,000m3
総貯水量:2,261,000m3
有効貯水量:931,000m3
水系・河川:大味川水系大味川
用途:発電
着手年:1916年
竣工年:1920年
武周ヶ池
おせよ姫と大蛇 ;
享保の頃(1716〜)武周村の五平と言う人が福井市郊外で、身も心も空虚になって佇む娘を連れて七里の道を歩き武周村に帰りました。
入水の場所を探していた娘の名は「およせ」といい、今立郡五箇庄大滝の人でした。
入水を止める五平に向い「この事を他言しなければ毎日魚と金銭をあげましょう、約束を違えれば七代まで崇ります。」と言って池に身を沈めました。
再び水面に顔を出した娘の姿は大蛇になっていました。
その後五平が約束を破ったため禍が次々と続きました。
大正六年五月蒲生水力発電所の水取口を造っている時の事です。
一天俄かにかき曇り大粒の雹が降り池が波立ってきました。
工事の石を運んでいた船は暴風にさらされて沈み五平の縁者等三人が亡くなりました。
度重なる禍に敬神の念の篤い工事請負者木原文右ヱ門(現・木原建設KK)は一社を建てて大蛇の霊を祀り、武周ヶ池神社を創立し、例祭日は七月十八日越知山越知神社と同じ日にしました。
以後禍は無く、武周ヶ池の水は大味川ぞいの田畑をうるおし、同九年越前海岸の越廼村に1600KW/Hの水力発電所が完成しました。
武周ヶ池から1700mの随道を流れてきた水は文化の電気を起こし、更に昭和五四年蒲生から20kも離れた越前町北部地区簡易水道に活用されました。
一重に武周ヶ池神社の守護の賜物と言われています。
このような伝説があり、事故も実際に起きたのでした。
今回は、神社を撮ってきませんでしたが紅葉の秋に撮ってきたいと思います。
尚、 木原文右ヱ門の創業した木原建設・「木原・100年物語」にも このことが紹介されている事実です。
木原建設KK・HP