秋の桜 散る桜
秋の桜、この名を付けたのは、9月に入ってからである。もうひとつは、この時節に「寺田屋事件」が
起きる。そのきっかけは大河ドラマを見て、その真実を感じたかったから。
揺れ動く薩摩、これからの日本と薩摩を思う若き志士たち、
安政の大獄の張本人の井伊直弼が激しい弾圧を行い、これを打倒しよう立ち上がろうとしていた。
その中心人物が有馬達である。
攘夷が幕府では井伊直弼が暗殺され、公家と幕府とが結ばれば、叶うと婚儀を幕府と朝廷の架け橋進められていく。
それと同じくして薩摩では、有馬たち誠忠組がやり場のない
思いを胸にたぎらせていた。島田久光の家臣である。
小松、大久保達から今こそ幕政改革の時であり、
不満を募らせる誠忠組をまとめるには
西郷の力が必要であると説く。一方、薩摩では奄美より西郷が戻っていた。西郷は久光に対し、上洛は無謀かつ時期尚早であり、当主でもなく官位のない久光にできることは何もないと発言する。怒る久光であったが、帯刀の説得により上洛を延期する。命に背いて行動する西郷が久光の逆鱗に触れ、再び流島の身となる。また、有馬(的場浩司)を中心とした尊王攘夷派は突出にむけて動き始めていた。突出を止めるよう必死に説得を試みる帯刀と大久保であったが失敗。ついに久光の命により、寺田屋にて有馬らは壮絶な死を遂げる。朝廷の久光への信頼を強固にし、幕政改革を成し遂げるため、有馬が自ら犠牲となったことを知った帯刀は必ずや改革を果たすことを誓う。過去のこととは言え、このような事件があって
良いのだろうか?
さらに幕政改革に興味のない島田久光、その裏腹での
出来事とても憂いに思う。藩主たる行動が
若き命を散らされて行く。
この時期に合わせて京都に向かう近藤勇、土方歳三などが新しい日本に向けてその命を賭けた戦いが始まる。
未来を担う青年達、惜しい命を薩摩に捧げた。
墓碑が9烈士、納まらなかった。お許し願いたい。
薩摩藩士9烈士が揃いました。若き命心よりご冥福をお祈りいたします。この気持ちを後世に伝えていきたいです。 合掌。
昨日の投稿でこの地の紹介と詳しい内容が
紹介されています。
それを参考になさって下さい。「秋の桜」の章、
ここにて終了いたします。ご覧になってくださった皆さん、
有難うございました。
この地を訪問したのは約40年振りぐらいで、寺田屋等は
初めてです。歴史に触れるたびに、
現在がこのような形で残された
理由が少しでも理解でき、その縁が「本」とか「メディア」を通じて行動することが出来ました。この反対側には桃山御陵、伏見城とか残されています。もう一度訪問したいと思っておりますが、今感じたこと、
見たことを行動したいと思っています。次回はどうやら岐阜かな?それとも岡崎かな?感じたことを感じたままの行動です。triplesix6
http://jp.youtube.com/watch?v=AxrkY4liOWI&feature=related
♪愛しき日々 ♪