ダイハツミゼットMP4〜あの頃キミは・・
廃車・・見捨てられ誰からも顧みられることなく朽ち果てたクルマたち・・・なぜか魅かれます・・・
たまたま田舎道を走っていて見つけたこのクルマ・・
朽ち果ててはいますが、それでも一種味わい深いものがあります・・
ダイハツミゼットMP4・・・だとおもいます。
いつだったかは知れず、この座席に座り、ハンドルを握ったひとがたしかにいる・・
なぜかこうした古いモノに魅かれます。
このクルマ、ダイハツミゼットMP4について少し調べてみました。
ミゼットとはもともと小型、チビという意味だそうです。
オート3輪じたいは戦前から日本では製造されていたようですが、ダイハツさんにとって転機となったのはトヨタさんが1954年、4輪トラックを発売した時だったようです。
このトヨタさんの新型トラックに比べそれまでの3輪トラックは性能に劣り需要が低下、ダイハツさんは軽自動車免許で運転できる小型3輪車を新たに開発して対抗、それが1957年発売のミゼットでベストセラーになったそうです。当初はバーハンドルで、オートバイ色の濃いものでしたが、1959年新発売のものは丸ハンドル、305cc、12馬力でサイズも
全長 2970ミリ
全幅 1295ミリ
全高 1455ミリ
と、かなり大きくなりました。
画像のものはたぶん1960年に全長をさらに20センチ延ばし荷台を拡大した新型のものだとおもわれます。(同車の積載量は350キロ)
やがて軽自動車枠も主流は4輪になり、このミゼットも4輪のハイゼットに取って代わられ1972年に生産中止されています。
ちなみに東南アジア諸国で見られる名物3輪タクシー(いわゆるトゥクトゥク等)、あれも実はこのダイハツミゼットが4輪トラックに変わった際、中古ミゼットがODA(政府開発援助)としてタイに輸出されたものが起源だということです。
なお、このミゼットが登場する映画には『稲村ジェーン』、『ALWAYS 三丁目の夕日』、『佐賀のがばいばあちゃん』等があるそうです。(残念ながらわたしはどれも未見です。)いずれにせよこのミゼット、昭和30年代〜40年代初めの社会風俗の得がたい脇役としてなかなかいい味だしていたのではないでしょうか?
1957年(昭和32年)という年は?
ざっとふり返ってみますと政治では岸政権が誕生、国会で「汚職、貧乏、暴力の三悪追放を方針としたい」と発言、じっさい売春防止法が実施されています。またこの年、国際連合に新加盟、安保理の非常任理事国に当選しています。社会では5000円札と100円玉が発行され、南極には昭和基地が設営。
流行歌には石原裕次郎の「俺は待ってるぜ」、西鉄ライオンズが日本シリーズで巨人を四楯し優勝、高校野球では先ごろダイエー監督を勇退された王貞治氏が、早稲田実業のピッチャーとして大活躍されました。
個人的にも最近まで出されていたミゼットUはいまだにほしい1台ですし、今回縁あって調べたところ軽自動車と普通車との歴史的な因縁の一端が透けてみえ、なかなか楽しかったです。今後もこのカテはやっていきたいとおもいますが、なかなか廃車に出会うことは少なくカテじたい変えるかもしれません。
おつきあいいただきまして、どうもありがとうございました。