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721系交流近郊形電車

2007年11月30日

フォト・アーカイブスJ〜初冬の景色編〜

小樽で見た初冬の景色をご覧になっていただきたい…

 

2007年の暦の残りがあと1ヶ月となりました。

本日は、毎月月末恒例の「フォト・アーカイブス」をご紹介したいと思います。

 

 

初冬の手宮高架桟橋・橋梁跡@

 

この写真は、手宮高架桟橋・橋梁跡です。

 

手宮高架桟橋・橋梁跡についてご説明したいと思います。

手宮高架橋桟橋は、1911年(明治44年)または1912年(明治45年)頃に完成した木製の橋でした。

この橋が建設された目的は、「幌内鉄道(1889年に北海道炭鉱鉄道と改称し、1906年に国有化)」を使い、石炭の産出地であった幌内⇔手宮間を鉄道を使って、石炭を輸送し、鉄道の貨車で積まれた石炭を船に積み替え、京浜方面へ運ぶために使われ、この橋は1944年(昭和19年)に廃止されたそうです。

 

橋梁跡には、かもめ(ウミネコ)の姿があり、かもめ達がこの場所から羽ばたいていく姿を目にしました。海の波は、穏やかでしたが橋梁跡には雪化粧がされていました。

 

 

初冬の手宮高架桟橋・橋梁跡A

 

手宮高架桟橋・橋梁跡の裏手には、数隻ほどの船の姿を見かけ、この船は恐らく、貨物船でしょうか。

 

 

初冬の手宮高架桟橋・橋梁跡B

 

手宮高架桟橋・橋梁跡の様子を見ていると、橋梁の造りが時代の重さを感じさせます。

廃止されてから60年以上経ちますが、橋梁だけ保存しているのは、珍しいと思います。

因みに手宮高架桟橋・橋梁跡がある「小樽市総合博物館」界隈には、擁護壁の跡が残っているそうです。

 

 

初冬の小樽運河北側

 

小樽運河北側は2007年11月26日にご紹介しました。

この風景も、北海道の厳しい寒さが伝わる写真で、小樽運河北側と雪景色が良くマッチしており、絵になるような冬景色だと思います。

 

 

初冬の築港臨海公園

 

築港臨海公園は、夏の営業が終わったようで、この場所には人影がなく、閑散とした雰囲気でした。

公園内も雪景色に変化されていて、所々地面が覗き込んでしました。

 

 

 

初冬の築港臨海公園から見た海の様子

 

海の波は穏やかでしたが、撮影した日の海の色は、冬の海へと変化していました。厳しい日本海の姿へ移り変っており、海の様子を見ても、やはり寒さが伝わってくる写真であると思います。

 

今月はフォト・アーカイブスはここまでにしておきます。

 

来月は、2007年下半期の総集編と年間の総集編、そして来月のテーマをご紹介したいと考えています。

 

 


2007年11月30日 0:30

コメント

ファシスト [2007年11月30日 0:43
こんばんは。
カモメも鉄の物にとまるより木製の橋梁跡に
とまる方がよいのでしょうね。
人も姿も明かりもほとんど見えず、冬というような感じがしますね。
寒さが伝わってきそうです(笑)

Y's [2007年11月30日 0:52
こんばんわ。
素敵ですネ。どこかの外国を見てるような錯覚になりました。
貨物船を見ると、国内をはじめ国際流通の拠点でもある事がわかりました。



takanish [2007年11月30日 0:54
こんばんは。
橋梁跡を見て思うことは、明治時代にこんなものが建設できたんだぁ・・・・という、驚きです。
それに、今でも残っているところがスゴイですね。

LUXEL [2007年11月30日 20:39
★ファシストさんへ
こんばんは。
早速のコメントを頂き、ありがとうございます。
>カモメも鉄の物にとまるより木製の橋梁跡にとまる方がよいのでしょうね。
かもめ(ウミネコ)は、電線や鉄柱より橋梁跡で羽を休めた方がいいと思いますよ。
この辺りから見た夜景も凄くきれいです。
因みに橋梁の構造は、詳しい事は良く分かりませんが、煉瓦造りになっていると思います。

LUXEL [2007年11月30日 20:42
★Y'sさんへ
こんばんは。
いつも早速のコメントを頂き、ありがとうございます。
>貨物船を見ると、国内をはじめ国際流通の拠点でもある事がわかりました。
小樽港は、対ロシアの流通が非常に多くなっています。小樽港の隣に石狩湾新港がありまして、北海道の日本海側の物流拠点は、石狩地区がメインとなっていると思います。

LUXEL [2007年11月30日 20:48
★takanishさんへ
こんばんは。
いつも早速のコメントを頂き、ありがとうございます。
>橋梁跡を見て思うことは、明治時代にこんなものが建設できたんだぁ・・・・という、驚きです。
そうですね。
私はかつての手宮高架桟橋の姿は、写真で見たことがあります。
この写真を見たときは、スケールの大きい橋で、木の骨組みが多く使われていた橋でしたよ。
>それに、今でも残っているところがスゴイですね。
この橋梁跡は、個人的に有形文化遺産として指定して欲しいです。この橋梁跡は今日ではとても貴重な橋梁だと思いますね。

EP82-SW20 [2007年12月3日 23:19
こんばんは。
さ・む・そ・う です。(ブルブル・・)
橋梁跡は手宮線に限らず遺構として残されている廃線が多いですね。
橋梁を建設する時、やはり夏の期間に作ったのでしょうね。
時代から考えると、冬に凍て付く海に潜るなんて、ちょっと無理ですよねぇ。
それにしても、夏であったにしても、今程潜水道具も揃ってなかったはずだから、大変な工事だったと思います。

LUXEL [2007年12月4日 20:33
★EP82-SW20さんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>橋梁跡は手宮線に限らず遺構として残されている廃線が多いですね。
そうですね。
全国各地の廃線跡に、橋梁の跡が残されている場所が沢山ありますよね。
ここもそのうちの1つですね。
>橋梁を建設する時、やはり夏の期間に作ったのでしょうね。
詳しい事は良く分かりませんが、雪がない時期に作られたんでしょうね。
橋の本体は木製だったそうで、骨組みを組み立てる作業は、今日とは違って凄く大変だったと想像しています。

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