小樽運河の歴史・後編〜現在の運河が完成するまで〜
現在の小樽運河が建設された経緯について、ご説明しよう。
本日は、現在の小樽運河が完成するまでの経緯について、お届けしたいと思います。

小樽運河が完成してから翌年の1924年(大正13年)頃に小樽港で入出港された船舶数は15000隻に昇り、石炭や木材、農作物等が国内外へ船によって輸送されました。
戦後に入り、小樽運河の活気が衰えていきます。1955年代(昭和30年代)に入ると、物流のスタイルが船からトラックへ変わり、小樽運河の役割に終わりを告げていました。
1966年頃(昭和41年)に、小樽中心部の周辺道路の渋滞緩和と小樽⇔札幌間を結ぶ高速道路の建設が計画され、運河周辺に建設する道路は全長3550m、幅員が30〜40m、車線数は片側3車線として計画されていました。
小樽⇔札幌間を結ぶ高速道路は1971年(昭和46年)に開通し、現在の小樽運河沿いにある「道道小樽臨港線」の工事は、工事の計画されている全長に対し60%が完成し、その道路は運河手前まで達していました。運河の計画は運河の川幅を40mから10mとし、運河の両側には遊歩道や道路、緑地を設置する計画が盛り込まれていたそうです。
1973年(昭和48年)に「小樽運河を守る会」を、1977年(昭和52年)に「小樽臨港線整備促進期成会」がそれぞれ発足され、運河埋め立てに対する関心が高まりました。
1979年(昭和54年)に運河の全面埋め立ての計画を撤回し、運河の水面幅を40mの半分である20mを残すという妥協案を提案しました。
その頃に、小樽運河の保存に対する問題が全国に広まり、「小樽運河を守る会」は街頭による署名活動を始められました。

運河の埋め立て工事が始まったのは1983年(昭和58年)で、市民をはじめ、報道陣などが運河の周りに集まった中での工事作業になったそうです。
工事開始してから3年後の1986年(昭和61年)に現在の小樽運河が完成し、運河に沿ってガス灯や遊歩道が整備され、運河の全長は1140mあると言われています。
小樽運河北側の整備が始まったのは1989年(平成元年)で、水面幅をかつての運河と同じ40mとされ、全長は470mの整備が行われ、翌年の1990年(平成2年)に完成しました。
小樽運河は、港町小樽としての歴史遺産といえます。
現在の小樽運河は、小樽のシンボルとしての役割を果たし、ドラマや映画のロケ地として使われ、全国に知られている観光スポットとして多くの観光客で賑わっています。
【参考】
★ 日テレホームページ・「午後は○○おもイッきりテレビ」公式サイト
「今日は何の日・小樽運河の埋め立て決定」
URL=http://www.ntv.co.jp/omo-tv/nannohi/070629.html