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小樽運河の歴史・前編〜建設計画から完成まで〜

2008年1月7日

小樽運河の歴史・後編〜現在の運河が完成するまで〜

現在の小樽運河が建設された経緯について、ご説明しよう。

 

本日は、現在の小樽運河が完成するまでの経緯について、お届けしたいと思います。

 

 

小樽運河が完成してから翌年の1924年(大正13年)頃に小樽港で入出港された船舶数は15000隻に昇り、石炭や木材、農作物等が国内外へ船によって輸送されました。

戦後に入り、小樽運河の活気が衰えていきます。1955年代(昭和30年代)に入ると、物流のスタイルが船からトラックへ変わり、小樽運河の役割に終わりを告げていました。

1966年頃(昭和41年)に、小樽中心部の周辺道路の渋滞緩和と小樽⇔札幌間を結ぶ高速道路の建設が計画され、運河周辺に建設する道路は全長3550m、幅員が30〜40m、車線数は片側3車線として計画されていました。

小樽⇔札幌間を結ぶ高速道路は1971年(昭和46年)に開通し、現在の小樽運河沿いにある「道道小樽臨港線」の工事は、工事の計画されている全長に対し60%が完成し、その道路は運河手前まで達していました。運河の計画は運河の川幅を40mから10mとし、運河の両側には遊歩道や道路、緑地を設置する計画が盛り込まれていたそうです。

 

1973年(昭和48年)に「小樽運河を守る会」を、1977年(昭和52年)に「小樽臨港線整備促進期成会」がそれぞれ発足され、運河埋め立てに対する関心が高まりました。

1979年(昭和54年)に運河の全面埋め立ての計画を撤回し、運河の水面幅を40mの半分である20mを残すという妥協案を提案しました。

その頃に、小樽運河の保存に対する問題が全国に広まり、「小樽運河を守る会」は街頭による署名活動を始められました。

 

 

運河の埋め立て工事が始まったのは1983年(昭和58年)で、市民をはじめ、報道陣などが運河の周りに集まった中での工事作業になったそうです。

工事開始してから3年後の1986年(昭和61年)に現在の小樽運河が完成し、運河に沿ってガス灯や遊歩道が整備され、運河の全長は1140mあると言われています。

小樽運河北側の整備が始まったのは1989年(平成元年)で、水面幅をかつての運河と同じ40mとされ、全長は470mの整備が行われ、翌年の1990年(平成2年)に完成しました。

 

小樽運河は、港町小樽としての歴史遺産といえます。

現在の小樽運河は、小樽のシンボルとしての役割を果たし、ドラマや映画のロケ地として使われ、全国に知られている観光スポットとして多くの観光客で賑わっています。

 

【参考】

★ 日テレホームページ・「午後は○○おもイッきりテレビ」公式サイト

「今日は何の日・小樽運河の埋め立て決定」

URL=http://www.ntv.co.jp/omo-tv/nannohi/070629.html


2008年1月7日 0:50

コメント

おぺ [2008年1月7日 1:07
こんばんは。
鉄道、そして今回の小樽運河。歴史シリーズは勉強になります。
運河としての役割を終えたあと、再開発の紆余曲折があったんですね。そして現在の姿で残すことができたのは大成功です。
残すということはとても難しいと思います。ただそのままにしておくだけではありませんから。小樽の象徴としての生まれ変わりは、真の意味での再開発だったのですね。

のんのん2002 [2008年1月7日 5:59
おはようございます。
>1973年(昭和48年)に「小樽運河を守る会」を、1977年(昭和52年)に「小樽臨港線整備促進期成会」がそれぞれ発足され、運河埋め立てに対する関心が高まりました。
☆こんな時代がありましたが、小樽運河が保存され、小樽のシンボル的存在に鳴っていることは、言うまでもありませんね。
 一度、無くしてしまうと、その「復元」は大変ですから。

takanish [2008年1月7日 8:35
おはようございます。
小樽の運河の長い歴史を、勉強させて戴きありがとうございます。
時代とともに、土地の有効利用を優先するか、歴史遺産として保存するか、選択の経緯がよく分かりました。
日本各地で、こうした美観保護や遺産保護の問題は、過去に議論されたことと思います。
その中で、小樽は、よい選択をされたと思いますね。

ファシスト [2008年1月7日 10:08
おはようございます。
ふむふむ・・・考えさせられます。
時の流れ、それぞれに違った流れを持たせたいものですものね。
小樽運河、観てみたいと思うほどの場所です。
ここの時の流れに合わせてみたい。

Y's [2008年1月7日 19:08
こんばんわ。
そういう経過があったからこそ・・・
小樽運河は、かつて北海道経済の中心として栄え、
港町・小樽を象徴する場所として残る事が出来たのですね。
運河沿いには、明治・大正期の煉瓦や石造りの倉庫が当時を偲ぶように建ち並び、
ガス燈がレトロな雰囲気を醸し出す演出へと変化し、
何ともいえないノスタルジックな気分になるような観光名所へ見事変貌したのですね。
そして、小樽市民の熱意が強く感じられる場所でもあると思いました。

ラクちゃん [2008年1月7日 19:52
こんばんはぁー(〃ー〃)ノ
ドラマや映画のロケ地になるっていいですね!!!
有名人に会いたぁ〜い☆
有名人を見たこと、ありますか?

トータス [2008年1月7日 20:02
今晩は LUXELさん
小樽運河 地形をそのまま残す桟橋式の運河のようですね?
岸壁式だと真っ直ぐになるかな? 掘るのが大変だと思います。
最近の大型港湾は深い入り江が必要だから見ても味気ないです。
コンテナのクレーンが行き交う港では観光にはなりません。

triplesix6 [2008年1月7日 20:10
こんばんわ!小樽運河の歴史を知ることが出来ありがとうございます。市民がいるからこそわが地を守る。大切なことです。時と共に時代が流れ、古いものを無くそうとする現在、その時の流れを後世に伝えるのも私たちの役目ですね!
LUXEL [2008年1月7日 20:24
★おぺさんへ
こんばんは。
早速のコメントを頂き、ありがとうございます。
>運河としての役割を終えたあと、再開発の紆余曲折があったんですね。そして現在の姿で残すことができたのは大成功です。
運河の再開発の経緯は、保存が埋め立てかという2つの意見があり、小樽運河の保存運動は、全国に広がりました。
私としては、現在の運河が出来たのは、市民の熱意が運河に込められている感じがします。

LUXEL [2008年1月7日 20:28
★のんのん2002さんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>こんな時代がありましたが、小樽運河が保存され、小樽のシンボル的存在に鳴っていることは、言うまでもありませんね。
運河の再開発が終わった頃から、小樽の観光スポットとして成長しましたね。
小樽運河は、小樽の街のシンボルですね。
>一度、無くしてしまうと、その「復元」は大変ですから。
仰るとおりです。

LUXEL [2008年1月7日 20:32
★takanishさんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>時代とともに、土地の有効利用を優先するか、歴史遺産として保存するか、選択の経緯がよく分かりました。
そうですね。
計画が始まった年は、マイカー元年という時代背景があって、当時の小樽の主要幹線道路は渋滞が慢性化する事が背景にあって、それを解消するために運河の埋め立て計画が始まったそうです。
小樽運河の再開発は、完全な埋め立てより現在のスタイルの方が良かったと私はそう思います。

LUXEL [2008年1月7日 20:37
★ファシストさんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>時の流れ、それぞれに違った流れを持たせたいものですものね。
計画された年は、ライフスタイルの変化やクルマの台数が増加する傾向が強かった時代だったそうです。現在の小樽運河は、クルマ社会の対応と昔の姿をそのまま残すという2つのスタイルが融合している風景になったと思いますね。

LUXEL [2008年1月7日 21:23
★Y'sさんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>運河沿いには、明治・大正期の煉瓦や石造りの倉庫が当時を偲ぶように建ち並び…
運河沿いに立ち並ぶ石造りや煉瓦でできた倉庫は、運河の歴史遺産の1つだといえますね。
運河には60を超えるガス灯が設置され、運河のシンボルとしての役割を担っていると思います。
>そして、小樽市民の熱意が強く感じられる場所でもあると思いました。
そうですね。
小樽運河の町並みは、小樽市民の熱意が込められていると思いますね。

LUXEL [2008年1月7日 21:28
★ラクちゃんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>ドラマや映画のロケ地になるっていいですね!!!
はい。
最近、放映されたドラマでは「天国と地獄」という作品が小樽をロケ地として使われていました。
私もかいつまんでですが、このドラマを見ていました。
>有名人を見たこと、ありますか?
ドラマのロケは、一度も見たことがないのですが、他の場所では、桑田圭祐や槇原敬之を遠巻きながら見たことがありますよ。

LUXEL [2008年1月7日 21:33
★トータスさんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>小樽運河 地形をそのまま残す桟橋式の運河のようですね?
現在の運河の工法については詳しく調べていないので良く分かりませんが、恐らく工法としては、桟橋式という可能性の1つとしてある思います。
>最近の大型港湾は深い入り江が必要だから見ても味気ないです。
大きい港ですと、サルベージなどクレーンが付いた船が停泊している事が多いと思います。
この光景を見ると、味気ない感じがしますね。

LUXEL [2008年1月7日 21:53
★triplesix6さんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>市民がいるからこそわが地を守る。大切なことです。
街の景観は、市民の力によって守りますね。
このスタンスは、良い街づくりにをするためには大事ですね。
>古いものを無くそうとする現在、その時の流れを後世に伝えるのも私たちの役目ですね!
仰るとおりですね。
古くから使われている建物と設備は街の歴史を知るために大切な要素ですね。
また、街の文化遺産として、我々の力によって後世に伝える必要がありますね。

かじやん [2008年1月7日 22:25
  LUXELさん  こんばんわ
 じっくり 小樽の歴史を読ませていただきました。
 生い立ちに 大いなる歴史があるんですね。
やはり 小樽って、言葉の響き、気候風土、街並み、住んでるみなさんの意気込みを すごく感じさせる町ですね。
 ”すばらしい町、小樽... いつまでも みんなに愛される町”であって欲しいと思います。

EP82-SW20 [2008年1月7日 23:06
こんばんは。
現役時代の運河の幅が今の倍あった、と言う事ですね。
これは、写真でも有れば是非見てみたかったです。
現役時代の幅の広い運河、かなり今と景観が違う事でしょうねw

LUXEL [2008年1月8日 21:02
★かじやんさんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>生い立ちに 大いなる歴史があるんですね。
そうですね。
小樽運河が完成してから80年以上経ちますが、この場所が計画・建設されてから現在の運河になるまでの経緯は、市民などで色々な物議をされていまして、運河の歴史の重さを感じさせますね。
>”すばらしい町、小樽... いつまでも みんなに愛される町”であって欲しいと思います。
私としては、昔ながらの街の風景をいつまでも残して欲しいと願っています。
この点が、小樽という街の魅力に繋がっていると思いますね。

LUXEL [2008年1月8日 21:07
★EP82-SW20さんへ
こんばんは。
いつもコメントを頂き、ありがとうございます。
>現役時代の運河の幅が今の倍あった、と言う事ですね。
仰る通りですね。
昔の運河沿いに面した道路幅は、片側2車線で凄く狭い道路だった事が私の記憶に残っています。
>これは、写真でも有れば是非見てみたかったです。
私も昔の運河と現在の運河の写真を比較してこの記事をご紹介しようかなと考えていました。
こちらの記事のご紹介は、機会を別に設けたいですね。
>現役時代の幅の広い運河、かなり今と景観が違う事でしょうねw
はい。
小樽運河北側(北運河)が、昔の運河の風景に近いです。

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