ガラスの街・小樽
小樽は、ガラスの街として知られている。
本日は、小樽のガラスの歴史について、お届けしたいと思います。

北一硝子三号館
小樽のガラスの歴史は、明治時代に遡り、北一硝子の前身である「浅原硝子」として創業したのは、1901年(明治34年)の事でした。
創業当時は、北一硝子のCI(コーポレーション・アイディンティティ)として使われているガラス製の「石油ランプ」の製作が始められ、創業してから9年後の1910年(明治43年)にガラス製の浮玉の製作が始められたそうです。

ザ・グラス・スタジオ・イン・オタル
特に、ガラス製の浮玉は、当時の小樽は鰊漁で盛んであり、鰊漁で使用されるために、ガラス製の浮玉が開発され、その需要が高まったといわれています。
ガラス製の浮玉の造りは、真空且つ透明で、その外側は網で包まれているのが特徴で、ガラス製の浮玉のイメージとしては、ネットに包まれたサッカーボールのような物を思い浮かべればよろしいかと思います。

小樽・大正硝子館
しかし、戦後になると、浮玉の構造はガラス製からプラスチック製になり、ガラス工芸品を製作することになりました。
現在は、北一硝子を中心に、ザ・グラス・スタジオ・イン・オタル、大正硝子館などのガラス工芸品店では、グラスをはじめ、アクセサリーや醤油さしなどおしゃれなガラス製品が販売されており、店舗によってはガラス製作の体験を行っている所があります。
小樽のガラス工芸品のルーツは、ガラス製の浮玉と石油ランプから始まり、今ではガラスの街小樽として、定着していると思います。