桃源郷のことは 猫に聞かれてはいかがでしょう?
ジョバンニとカムパネルラのものがたりです。

ジョバンニはああと深く息しました。
「カムパネルラ、また僕たち二人きりになったねえ、どこまでもどこまでも一緒に
行こう。僕はもうあのさそりのようにほんとうにみんなの幸(さいわい)のため
ならば僕のからだなんか百ぺん灼(や)いてもかまわない。」
「うん。僕だってそうだ。」 カムパネルラの眼にはきれいな涙がうかんでいました。

「けれどもほんとうのさいわいは一体何だろう。」 ジョバンニが云いました。
「僕わからない。」 カムパネルラがぼんやり云いました。
「僕たちしっかりやろうねえ。」
ジョバンニが胸いっぱい新らしい力が湧くようにふうと息をしながら云いました。
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「僕もうあんな大きな暗(やみ)の中だってこわくない。きっとみんなのほんとうの
さいわいをさがしに行く。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。」
「ああきっと行くよ。ああ、あすこの野原はなんてきれいだろう。みんな集ってる
ねえ。あすこがほんとうの天上なんだ。あっあすこにいるのぼくのお母さんだよ。」
カムパネルラは俄かに窓の遠くに見えるきれいな野原を指して叫びました。
ジョバンニもそっちを見ましたけれどもそこはぼんやり白くけむっているばかり
どうしてもカムパネルラが云ったように思われませんでした。
何とも云えずさびしい気がしてぼんやりそっちを見ていましたら向うの河岸に
二本の電信ばしらが丁度両方から腕を組んだように赤い腕木をつらねて
立っていました。

「カムパネルラ、僕たち一緒に行こうねえ。」
ジョバンニがこう云いながらふりかえって見ましたらそのいままでカムパネルラの
座っていた席にもうカムパネルラの形は見えずただ黒いびろうどばかりひかっていました。
ジョバンニはまるで鉄砲丸(てっぽうだま)のように立ちあがりました。
そして誰にも聞えないように窓の外へからだを乗り出して力いっぱいはげしく胸を
うって叫びそれからもう咽喉いっぱい泣きだしました。
もうそこらが一ぺんにまっくらになったように思いました。
宮沢賢治著「銀河鉄道の夜」より <九、ジョバンニの切符>の一部

「・・・・・カムパネルラは “ほんとうにこんや遠くへ行ったのだ。おまえはもう
カムパネルラをさがしてもむだだ”、けれども “おまえがあうどんなひとでも”、
実は “みんながカムパネルラ”なのだ、 “だからやっぱりおまえはさっき考えた
ようにあらゆるひとのいちばんの幸福をさがしみんなと一緒に早くそこへ行くが
いい、そこでばかりおまえはほんとうにカムパネルラといつまでもいっしょに行ける
のだ”と。
この諭しがジョバンニの勇気・・・・・“みんなのほんとうのさいわい”を求めて
“どこまでもどこまでも”進もうと願うジョバンニの勇気をよみがえらせる。
そして “さあ もうきっと僕は僕のために、僕のお母さんのために、カムパネルラ
のためにみんなのためにほんとうのほんとうの幸福をさがすぞ”と “唇を噛んで”
立ちあがるジョバンニの耳もとに、“(略)お前はもう夢の鉄道の中でなしに
本統(ほんとう)の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに歩いて
行かなければいけない。”と、 “あのセロのような声”が聞こえてくる。」
蒲生芳郎著 「二つの<銀河鉄道の夜>」 より

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ジョバンニは眼をひらきました。
もとの丘の草の中につかれてねむっていたのでした。
胸は何だかおかしく熱(ほて)り 頬にはつめたい涙がながれていました。
同上「銀河鉄道の夜」より
賢治の学校・実習生 緑