東京賢治の学校からこどもたちがやって来ました!D
賢治の学校にある〈北の畑〉の草刈りをやってもらいました。

もくもくと作業に没頭しています。
ここは落花生畑ですね。写真でながめると、僕たちでもどれが作物でどれが草草なのかさっぱり分かりませんが、近くで見ると落花生だけでなく大豆やソラマメなどマメ科の植物の子葉も大葉も、大きくはっきりしていて識別しやすいので、間違って刈っちゃうことはそんなにないと思います。
一応目印に棒も立てていますし。
野原をはしる電柱のように見えるでしょ?
植物同士は、電力など必要としなくてもお互いに意思疎通ができるといいますね。
人間同士は、電波の届かないところでは意思疎通ができなくなってしまうのかな?
それも、もしかしたら思い込みなんじゃないのかしら?

作物が育つのに競合してしまう範囲の草を刈って寝かせてあげれば、大方は安心です(競合したほうが作物も強く育つのでは・・・という意見も一考の余地ありだと思われますが)。
落花生は、日当たりと風通しが良いのを好むそうなので、周囲の草は高く伸びてしまったときだけ気をつけてあげれば充分なはずです。乾燥にはつよいので、周囲の草をきれいに刈り取ってしまい裸にしてもよさそうなものですが、やはり土が自然と肥えていくには生きた植物のちからは大いに必要ですね。水分も養分も、土を豊かにしてくれる女神!ミミズを始め土壌動物や分解者の菌類も、母体としての植物がなければ生きていけないわけですからね。
植物にとっての土や水が、かけがえのないオアシスであるように、周囲の生き物にとっての植物は失いたくないオアシスのようなものなのですから。
皆が互いを必要としあって、支えあって、だましあって、競い合って、共に生きているんです。
つまり自己主張するにも、ほんとに一人ぼっちであれば全く主張は意味を為さないんですね。
誰にも届かないし、すると自分にも帰ってこないんですから。
できるだけ邪魔はしたくないもんです。
ただ、土が痩せていて葉っぱが黄色くなってしまっている落花生を見ると、心が痛むのも事実なんですが・・・。

こんな地味な仕事の積み重ねで、僕たちは食べ物を得ているし、またどんなに心を尽くしたとしても、いつでも存分に作物を得られる保証もないのです。
スーパーが食物の誕生の場面ではないのです。
「そんなこと分かっているさ」って、誰もが言うでしょう。
そうかもしれませんが(ほんとはそんなことないって思っていますが)、けれど言葉で認識しているのと、身体で実感しているのでは、やはり理解の質が違うと思いますし、僕は土から離れすぎた知性にはあまり感心がもてません。
どちらかに執着しすぎるのではなく、バランスよく両方兼ね備えているのが理想でしょうね。
そのことが、少しでも届けば嬉しいです。

今日みんなが刈って、その場に寝かせてくれたこの草草が養分となって、この作物を大地を豊かにしてくれているはずなんです。
自然農のちいさな約束事のひとつ、「もちださない もちこまない」がこれです。
最近〈フードマイレージ〉という言葉が巷でにぎわってきましたが、これはある食物が生産された現場から消費される土地までどのくらいの距離をかけて運ばれてきたかを表わす単位です。
つまり同じ食物でもマイルが大きければその分輸送距離(コスト)がかかっていることになり、すなわち余計にエネルギー資源を消費してしまっていることになるんです。
飛行機ならマイルを貯めれば素敵な特典が待っているかもしれませんが、フードマイルをコツコツ貯めても、待っているのはエネルギー資源の逼迫=インフレです。残念ですが、現在世界中でいちばんこの〈フードマイレージ〉を貯めこんでいるのは、僕たちの暮らす日本だそうです。
それじゃあ、やっぱりイイのは地元の産物を食べることだ、〈地産地消〉こそがベストな政策だって言うかもしれませんが、ちょっと待ってください、そうとも言えないんです。
例えば、日本の食糧自給率は39%と先進国ではダントツ低いわけですが、何も日本中でまんべんなく同じ割合であるはずもなく、実際北海道では200%強で充分自給できているのに対し、東京ではナント1%程しかないわけです。
つまり、東京で〈地産地消〉ができるわけがなく、逆に北海道でそれをやると食物が余って廃棄しなければならなくなるという構造があるんです。
ケースバイケースで物事は考えなくっちゃいけないんですね。
このことについては、みんなでしっかり考えてできることを行動に移していきたいもんです。
・・・草刈から、話が大きく膨らんじゃいましたが、何が言いたかったかというと、その場所にある草を刈って寝かせてそれが養分に変わってくれるのなら、マイルもかからない(つまり余計にエネルギーを消費しなくても済む)のでいいよねってことでした!
あしからず。
賢治の学校・実習生 緑
・みんなで声に出してみよう!!今日の「ありがとう」・・・
「 Dankie ダンキー 」
アフリカーンス語(南アフリカ共和国、ナミビアなどで使用)