雨が降らなくなって、
もうすぐ3週間が過ぎようとしています・・・。
草草にかこまれて保水力のつよい自然農の畑とはいえ、さすがに野菜たちもからだをしょげてしんなり、少しずつ疲れたようすを見せ始めています。
あんなに緑いろに照りかえっていたさといもの葉でさえ、周辺のほうから黄色くなってきたものもあります。
天水だけで、ほぼ十分まかなえる作物の生長サイクルですが、降るべき時に雨が降らず、降らなくてもよいときに強い雨が集中的に降っては、作物も脚本にない新しいシナリオに対応していく必要が出てきますね。
植物は、ちいさな変化にはすぐに応じることができるのでしょうが、おおきな変化には人間同様おのれのもっている道具や材料だけでは即座に応じきれないように思います。
天災害とちがい、げんざい<イジョウ><イジョウ>と異常なくらい簡単に叫ばれすぎて、ちっとも異常に感じられなくなってしまった(あるいは、異常に対する認識の書き換えをよぎなくされた)ことば<イジョウキショウ>が、このつづく日照りをも一環として(いや、大部分を)人為的に担っているのだとすれば、それに対して穏やかにほほえんではいられなくなるし、ただオロオロ歩いている場合でもないのでしょう。

・・・そんなきもちも滅入るカラカラの日々に、ごくごくとうるおいとちからをあたえてくれるのは、はたけで今夏を粛々とおのずからのかたちに変えていく野菜たちの生姿です。
きょう、スイカがハンドボールに近いくらいおおきく実っているのをみかけました。
ただただ驚き、圧倒され、畏敬のきもちさえ しみるのです・・・

「 そのうす青き瑠璃の器に
しずにひかりて澱めるは
まことや菩薩わがために
血もてつぐないあがないし
水とよばるるそれにこそ 」
宮沢賢治詩篇〔そのうす青き瑠璃の器に〕
賢治の学校・実習生 緑