狩人ポン
ある日のお昼時、実習生の悲鳴?に似た声がしたので、なんぞなんぞとおもい近寄ってみると、そこには狩人と獲物となった生き物の姿がありました。

まだまだ興奮さめやらぬ、眼光鋭き狩人ポンのそばには
たましいの飛び出したばかりの生き物の器がだらりと横たわっていました。

大きなねずみです。
ポンはどやどやと集まってきた人間たちをまえにすると、だら〜んと寝そべり甘えた様子をうかがわせました。
「ぼくがとったんだよ、すごいでしょっ!」
褒めて褒めてよっておねだりしているように思えます。

・・・ただ、普段と違うのはそのまなざしの真剣さ、野生性です。
からだは飼い主に甘えるそぶりを見せても、まなざしから溢れてくるポンの野生は、少しもおちゃらけたり笑っていません。
食物を与えられ生かされている従属者としてのふるまいを越えて、みずからの本来のちからにめざめたひとりの自立者・生者がおもてに現れています。

うごかなくなった獲物を、物足りなさそうに、されどいとおしむように、手の内でやさしく転がしながら弄びはじめました。

とおもうと、いきなりちからをこめて、とおくにぱーんとはたき出しました。
それを、まるで生きているかのように捉え、逃げられたかのように認識して、すばやく立ち上がっておいかけるポン。
一人舞台による演技がはじまりました。

なんどもなんども追いついてははたき、すばやく反応して噛みついてはまた転がすという<野生の遊戯>(矛盾した表現かもしれませんが、あえて。)をしばらく繰り返した後、こんどは両の手でしっかり捕まえ空にうう〜んと放り上げました。

もしかしたらまだいきているんじゃないかって・・・
ねえねえ、もううごかないの、うごいてくれないの・・・
こうしているうちに少しずつ、<いのちの留守>とおのれの<秘めた能力>に気づいていくのでしょうか?
・・・松本大洋という漫画家の描いたマンガ「ZERO」にでてくる、あまりに強すぎて不幸な主人公のボクサーが求めてやまない「決して壊れないおもちゃ」のことがふと脳裏に浮びました。

そばからけっしてはなれません。

諸手をあげて降参している、もはやそこにいない相手を前に、入念で冷徹な観察は続きます。

かわいいだけではつまらない
つよいだけではちかづけない
ただしいだけなどありえないし
まちがいだらけでとうぜんです
かんじょうをひとにおしつけることはできません
ポンはほんとうをしっているようにみえます

ぼくはいぜんよりずっと、かれのことがすきになりました。
賢治の学校・実習生 緑