「緑の倫理学」vol.2 文 中沢新一
雑誌「風の旅人」第7号より

「・・・このような心性が、狩猟民の間に普遍的に抱かれてきたことをしめす、たくさんの証拠がある。

旧石器時代の狩猟民たちも、すでに人間と動物とを同化する思考方法をとっていたことが、有名なラスコー洞窟の壁画などから推論することができるし、新石器時代になると、それは複雑な神話と儀礼の体系をつくりだすようになっている。

アイヌ民族の<イヨマンテ(送り)>の儀礼などが、その代表的なもので、そこでは熊にはじまって亀やイルカにいたるまで、およそ重要と思われる動物を狩りで仕留めたさいに、骨と肉をはずして、丁重に骨に飾りをほどこして供養棚をつくり、その霊をもときた<動物霊の世界>に送り返すための、複雑な儀礼がおこなわれていたのである。

そういう儀礼をささえているのが、人間と動物が同類であることを語る、さまざまな神話だった。

それによると、その昔は(神話は時間と空間が溶け合う原初のときについて語ろうとするものだから、どうしても<昔々は>と言って語りだすのである)、動物も人間のように言葉をしゃべることができたし、人間もそうなろうと思えばいつでも動物になることができたのである。

動物たちは<動物霊のすむ小屋>にいるときは、人間とまったく同じような家族や社会をもって暮らしていた。

そういうときは、動物も人間の姿をしているのであるが、小屋を出るときには、壁にかかっている動物の毛皮を身にまとう。

するとそこには、人間たちがふだん目にしているあの狐やら鹿やら山羊やら熊やらの動物たちがあらわれるのである。

人間はしばしばそういう動物たちと結婚もした、と神話は語る。

つまり、動物はたんに自分たちの同類であるばかりではなく、妻であり、夫であり、子供であり、おじさんやおばさんだった存在だということになるのではないか。

人間は狩猟において、そういう自分の兄弟や家族を殺すのである。
それならばどうして、殺された動物たちに深い憐憫(ピティエ)の感情を持たないでいられるわけがあろうか。」
(つづく)
賢治の学校・実習生 緑