「生命」vol.3 文 白川静
雑誌「風の旅人」第6号より

「 空ゆく雲さえも、気のあらわれであった。

もともと、氣とは雲の流れる形を示す字である。
それで晴雨のことをも 天気 という。

生命の根源が何であるかについては、今の生命科学でも明らかでない。

古代の中国人は、天地の間に充つる気は、すなわち天地の息吹であり、
同時に人の息吹であり、あの雲となびき、風となって吹きめぐるものが、
すなわち天地の生命の姿であると観じた。

それで最も重大なことは、この宇宙の根源である気に祈ることにした。
その行為を 「乞ふ」 という。

古い字形では氣(気)と乞(乞う)とは同じ字であった。
氣を動詞化した字が乞であり、氣と乞とは名詞と動詞との関係にある。

オランダ人のホイヘンスがとなえたというエーテルに似たものがそれで、
江戸時代にはアーテルという名で、すでにわが国にも知られている。

それは光のように波動するものと考えられた。

気は空気、エーテルは光であるが、あらゆる生命はそれによって与えられている。
それは植物も、人も獣も同じである。 」
(つづく)
賢治の学校・実習生 緑