高坂先生13回忌に寄せて[高坂節三さん]その1
高坂先生のご実弟で、伊藤忠商事の常務や栗田工業の会長などを歴任され、経済同友会の憲法問題懇談会 委員長などもされていた高坂節三さんから投稿をいただきました。2回に分けてご紹介します。
兄を思う、その1―自衛隊と憲法
高坂節三
先日、五百期頭眞防衛大学長のご招待で、防衛大学校の卒業式に陪席させていただきました。400名を超える若人、一人一人に卒業証書を手渡される五百期頭さんのご苦労を見ながら、多分猪木正道校長時代だと思いますが、兄がこの卒業式を観てどう感じたかなどと考えていました。
それというのも、昨年「VOICE」12月号に私が「立花隆さんの護憲論に物申す」を寄稿した時、これを見た石原慎太郎都知事が「お兄さんの高坂君は護憲論ではなかったか?」という質問が飛び出したからです。私は湾岸戦争の時には、はっきりと憲法改正の必要性を主張し始めた筈です、と答えましたがその後、兄が「護憲論」と自衛隊との関係をどう心の整理をしていたか調べなおしていた所であったからです。
昭和40年5月3日、憲法記念日特集というNHKの番組(参加者:福田恒存、小林直樹、大江健三郎、佐藤功と兄)の中で、唯一人改憲論を唱えていた、福田恒存が「独立国でないものが憲法を定めるということに懐疑があるわけです」と憲法の原則に対して疑問を持ちかけられたのに対して、兄は
「懐疑があるから賛成であるという立場なのです」として、
「どうしてかというと、もうわれわれの過去自体に懐疑があるのでね。ぼくはつまりこの太平洋戦争を間違ったというふうに簡単に言わないのです。しかし、もちろんあれは正しかったやむを得なかったなどという気にもなりませんよ。・・・われわれは過去に対して一種の懐疑主義を持たざるを得ないと思うのです。その意味でわれわれの過去というものを記録しているという意味で憲法というのは非常に意味があると思うのです。」として、
大江健三郎の「この憲法は現在について書いてある」という主張に対して「ぼくは、憲法というのは歴史的なもの。だから、これが作られたときにはこういう態度で第九条を解釈しましょうとして来た、それからいろいろと解釈が変わってきたでしょう。その解釈の変わりというものを全部つなげて、今まで過去二十年間のものを、戦後二十年の歴史というものを読み込んで憲法第九条というものがわれわれに呼びかけているのであって、憲法第九条という文字だけが神聖なものだとは思わないのです。そうでないと、それこそ不磨の大典になる。」とも主張し
「憲法第九条についても、それこそ神話(福田さんの意見)だと思っているものですから、あれがあっても自衛隊が存在することは一向に差支えないと思っています。・・・憲法九条が何を言っているかと言いますと、日本国民に対して、大いに悩めと言っている以外にないと思うのです。あれをどんなに解釈してみてもひとつの答えは出てこない。支離滅裂でしょう。・・・そうすると、いま軍隊がありますでしょう。それはだんだん変えていかなければいけない。・・・ぼくは自衛隊という軍備はあるべきだということを主張したい。抑制力ということですね。」と繋がっています。
兄が、大平内閣に対して、軍備は出来るだけ小さくして、総合的安全保障とか抑止力という考えを打ち出して行ったのは、こうした歴史に対する懐疑主義、憲法を歴史的なものと考える考え方、そして悩んだ後の、その時点での提案であって、湾岸戦争の時の日本の対応を見て、憲法改正の必要性を認識し始めたと思いながら、自衛隊の存在、それ自体は当初から認めていたと思い、大声で卒業証書を貰っていく卒業生の顔を眺めていたことでした。
後に、福田恒存さんは『平和の理念』という本の中で、この時のことに関して「高坂氏に拠れば、それは“国防“の為という事と矛盾するものではなく、目下、難しい立場に立たされている日本人が、矛盾を感じずに“国防”の為の自衛隊を認めようとしている“悩み”の現われだということになる。氏は年は若いがなかなか巧味のある表現をするものだと感心しました。ただ私のおそれるのは、その悩みは決して生産的なものになり得ない」と記しておられました。そして「前文も第九条も対外的謝罪の表明であるとしましたが、実はもう一つ見逃し得ない事実があります。それは、何かと言うと、戦争中、軍部によって苦しめられた文官達の復讐心の表明であるという事です。とすれば、一部の知識人の誇る平和憲法は同胞間の怨恨憎悪の落し子に過ぎぬという甚だ醜い事実に直視しなければなりません。そういう上層指導者の憎悪や恐怖心の飛ばっちりを受けて、国民が二十年も三十年も悩んでいるようでは、民主主義も主権在民も、これまた上から押付けられた自己欺瞞であり、飴玉でしかないという事になりましょう」と結んでおられるのです。
以上
(コンパス・プロバイダーズL.L.C. ゼネラルパートナー/東京都教育委員)