京都大学 高坂会のホームページ

日本を代表する国際政治学者であり、熱狂的なトラキチ、そして、ちょっとだけタレントとしても活躍された故・高坂正尭先生の門下生(ゼミ生)で作る高坂会のホームページです。会員の交流&情報発信の場として利用させていただきます。世界各地を飛び回っている高坂先生の教え子の近況や今後の日本の針路に関する真剣な議論を公開させていただきます。


高坂先生13回忌に寄せて[高坂節三さん]その3

2008年5月15日

高坂先生13回忌に寄せて[奥田 哲也/24期]

24期 奥田です。

高坂先生の言葉

 

24期 奥田 哲也

 

 私が先生の訃報に接したのは、江田島の学校に入って間もない5月のことでした。毎年、秋には江田島くんだり部外講師として講話されていたそうで、社会人に対する高坂先生のお話を聞けるのを楽しみにしておりましたのに、それもかなわぬ夢となり、ゼミの諸先輩方が社会人として先生と議論できたことが羨ましくてなりません。


 24期は卒業後、先生の謦咳に接する時間の短かった期ではありましたが、幸い大学院専修コースの末席に連なったおかげで、もう少しばかり先生の教えを乞う時間に恵まれました。もっとも、授業中やその後の研究室で質問するほどの素地もなければ度胸もなく、もっぱら先生の帰り道に質問させて頂いた次第です。そのときの先生は実にスマートで「今日は次があるから東大路まで」とか「出町までええよ」と自然に振舞われていました。

 

 そんな中で今でも記憶に残っているのが、「先生、やはり軍事力よりお金の方が重要やないでしょうか」と質問したときのことです。質問の仕方が極めて乱暴なものだったにもかかわらず、先生は静かな口調でしかしきっぱりと「それでも軍事力は大事なんや」と。そのときは東大路までだったので、それで話は終りました。当時の私は、生意気にも経済の重要性に目が向いたつもりだったのに、そうじゃないのかという残念な気持ちと、軍事力の持つ意味は相当堅いんだなという安心感とが入り混じったのを憶えております。

 

 そして、入隊後経験した色々の事共、例えば、佐渡沖へ向けて緊急出港し揚弾準備したとき、マスコミには公表せず夜明け前に佐世保からインド洋へ向かったとき、僅かな金額の予算要求の際にその理由付けについて先輩からみっちり絞られたとき等、折りに触れて「それでも軍事力は大事なんや」という言葉を思い出して、目前の仕事の意味を考えたりしました。これは自分なりに先生と議論していたのかもしれません。

 

 あれから12年が過ぎ、同じ江田島で今度は一線の卵を育てる立場へ。人目に触れずひっそりと精強であることを求められる彼らに「それでも軍事力は大事なんや」と伝えることが今の私の務めなのかなと、あのときと同じあお色の葉桜を見上げながら考えています。(了)

 

(海上自衛隊第1術科学校警備科)


2008年5月15日 3:00

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