あっぱれ、伊達公子
国内のマイナーな大会とはいえ、優勝は素晴らしいことです。
37歳の伊達公子(登録名はクルム伊達公子というらしい)が、復帰後4戦目となる先週の有明国際女子オープンで初優勝しました。若手の登竜門的な大会なため、かつてグランドスラムなどのメジャー大会で活躍した彼女にしてみれば、「嬉し、恥ずかし」といった心境のようですが、37歳という年齢を考えれば、立派なものです。
多くのスポーツでそうである様に、若さのパワーとベテランの円熟した技と読み、きっとコート上で両者が戦われたのだと思います。
昔のことを思い出しました。テニスを始めたばかりの21歳のときの話です。当時、私は名古屋ローンテニスクラブに属していました。友人と練習しているところへ老人がやってきてこう言います。
「お若いの、一試合やろう。」
誘われて、私たち21歳ペアは熟年ペアと6ゲーム先取のダブルスをすることになりました。
試合が始まりました。我流でやっていた私たちも未熟とはいえ、熟年ペアはなかなか私たちにポイントを取らせてくれません。こちらは力任せに打つばかり、そのボールをご老人たちは、いとも簡単にポコーンと返してくるのです。これでもか、これでもかと打っているうちに、ネットに懸けてしまうか、ラインオーバー。結局、確か6-3で負けてしまいました。
試合後聞けば、声を掛けてきた方は84歳でした。私たちの4倍です。なんとも情けない話です。自分たちの4倍の年齢のご老人に負けてしまったのです。「松坂屋のテニス部はわしが作った。」というそのご老人は、名古屋のテニス界の草分け的存在のようでした。
その時、私はスポーツは力だけではないことを学びました。その典型がラグビーかもしれません。日本では、社会人と学生がラグビー界の2大勢力ですが、強いのは圧倒的に社会人です。あれだけ激しいスポーツなら、若さの持つパワーが絶対的に有利と思えるのですが、試合を見ているとそうではありません。うまさは圧倒的に社会人です。技と読み、試合運び、これらの点で勝る社会人が学生を寄せ付けないのが現状です。
私も56歳になり、最近はテニスに出かけることもめっきり少なくなりました。昔はこの時期になると、もうすぐ始まるウィンブルドンにワクワクし、毎晩遅くまでテレビを見続けたものです。世界の一流プレーヤーの試合を見ながら、自分がコート上で試合をしているような気分になって、その週末、テニスに行くと同じように影響された連中たちとイメージどおりにいかないと嘆いたものです。
今度の週末は久し振りにテニスに行ってみようかな。ひょっとしたら、GW以来かもしれない。