懐かしいものに出会いました
EP82-SW20さんのおかげで懐かしいものを見ることができました。
昨日、BBQには当然ながら電車で行きました。名鉄三河線の上挙母駅から乗ることにしました。家から約1キロ。駅のすぐ横の踏切を渡るとき、気付きました。

名鉄挙母線の廃線跡です。
こんな身近にも廃線跡があったのです。真ん中をまっすぐ伸びていくのは、現在も使われている名鉄三河線です。その脇にほんの数十メートル残っている挙母線の跡。今まで見過ごしていました。
廃線になったのはいつだろう?小学校6年のときは、電車に乗って岡崎まで模試に通った記憶があるから、中学生の頃かな、と思いながら、調べてみました。
「挙母」がなかなか出せません。しかたなく「名鉄ころも線」と入れてやっと見つけたのがこれです。懐かしい写真がいっぱいです。
http://www15.plala.or.jp/hidekih/asaks/page024.html
そしてなんと「愛環の高架が左にカーブする辺りからまっすぐ伸びる道」と記述されている道こそ、私がたった今通ってきた道に間違いありません。途中で曲がらず、そのまま右カーブしている先へ行けば、きっと写真にあるような支柱跡が見られることでしょう。今度行くときのお楽しみです。
さて、廃線になったのは1973年とあります。中学生どころか私は大学生です。その時、思い出しました。大学に入れず、浪人していた18歳のときのことです。名古屋の予備校に通っていた私は、当時のトヨタ自工VS八幡製鉄のラグビー親善試合見たさに三河線の特急に150円の特急料金を払って乗り、挙母線に乗り継ぎ、はせ参じた思い出があります。三河線は単線だし、乗る区間も6駅間、20分ぐらいだから、特急に乗っても少ししか時間は変わりません。それでも、少しでも早く着いてラグビーを見たかった。確か、その頃のこずかいは5000円。わずか150円の特急料金を凄くもったいない思いで払ったものです。1970年秋のことです。
多分それが私が挙母線に乗った最後だと思います。
書き進むにつれて、40年近く昔にどんどん戻っていってしまいました。
EP82-SW20さん、ありがとうございました。