東京・青山のホンダ本社10階、“大部屋”の役員室でホンダが2020年に目指す姿の議論が始まった。大きな柱は二つある。「どれだけいいときの経営状態に戻せるか、そしていかに内容を進化させるか。つまり利益率を7%くらいに戻すというだけでなく、CO2を代表値とするリーディングカンパニーになるということだ」(伊東孝紳社長)。他社に先駆けて、今年度、増益見通しを発表したホンダ。「世界の市場は減税や補助金に支えられており、何ら状況は好転していない」(近藤広一副社長)と引き続き警戒感を緩めないが、世界同時不況を刻みつけたうえで将来の方向性を定める時期に来ている。
◆マトリクス組織
自動車産業のみならず世界中が奈落の底を経験した今回の経済危機では、ホンダのマトリクス組織は本社主導の機能軸の力を強めて乗り切った。マトリクスとはタテに日本(営業)、北米、中国などの地域本部があり、ヨコに四輪/二輪/汎用事業、生産、事業管理などの機能本部がある現体制を言う。1994年に発足し15年が過ぎた。タテヨコには明確な責任分担があるわけではなく、「時代に合わせて変化する」(近藤副社長)。昨秋以降の非常時対応では投資凍結や在庫調整など、本社が前面に出たが本来はタテの現場が強い。「バロメーターみたいなもので、本社に行きたがる人が増えるようではウチもダメだ」と近藤副社長は話す。
「そんなに先じゃ話になりません!」。ある女性社員は中国で二輪車輸出の仕事をしていたとき、日本の研究所、製作所と衝突した。メキシコのクリスマス需要向けのスクーターを商品化するよう掛け合ったところ、規制適合などで半年かかると言われ、最高の環境・安全基準を満たす日本向け商品をベースに現地のチームが独断で仕立て上げメキシコに出荷した。始末書ものだったが中国からの輸出が本格化するきっかけになった。
◆現場の発言力
雨宮高一元副社長は退任に際して米国法人アメリカンホンダモーター社長時代を振り返り「ホンダ本社に対しては株主として尊重はするがモノを買ってるのはこちらだし米国市場に責任を負っているのもこちらだから最終判断は私がしますという考えでやってきた。本社と子会社みたいな上下関係の感覚はよくない」と語った。
ホンダには現場の強さを裏付けるこの手の話が多い。伊東社長自身、エンジニア時代に「NSX」のアルミボディー開発では周囲の疑念を晴らしながら進めた。仕事への熱中は創業者以来の伝統として受け継がれている。
しかし、中堅社員が「最近は海外に進んで行きたいという人は減ってきた」と話すように、微妙な変化の兆しもある。押しも押されもせぬ大企業になって久しく、売上高ではトヨタにつぎ、利益はトップに立つ。保守的になってもまったく不自然ではない。福井威夫前社長(現相談役)は「大きくなり過ぎた。少し縮んだ方がいい」と語ったこともある。
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ホンダには「らしさ」という言葉が似合う。ソニーと並ぶ米国での成功者であり、本田宗一郎を原点とする技術力のアピールがあり、「若さ」、「楽しそう」といったプラスの企業イメージも強い。1977年にいち早く米ニューヨーク証券取引所に上場し高収益をあげて株主配当してきた企業でもある。伊東新体制になり、これからのホンダらしさがどこへ向かうのか、取材した。
[2009年11月17日 11時47分 日刊自動車新聞 ]