ボディー構造――理想の形を求めて(1935年)

よくわかる自動車歴史館 第93話

燃えやすい素材だったからこそのデザイン

1935年のパリサロンに出品されたブガッティ・タイプ57SCアトランティックは、特異なスタイリングで注目を集めた。長いボンネットを持ち、キャビンはティアドロップ形で航空機を思わせる。流麗なクーペスタイルだが、何よりも人々を驚かせたのは、背びれ状の出っ張りだった。それはボディーのセンターを通り、フロントからリアまで切れ目なくつながっていた。

空力性能のためにこのような形状が採用されたわけではない。軽量化のためにボディー素材として使ったマグネシウム合金が、非常に燃えやすい特性を持っていたことが理由である。溶接は不可能で、成形するにはここでリベット留めする必要があったのだ。生産モデルではアルミニウムが用いられたが、制約のために生まれたフィンのデザインはそのまま残されている。

ブガッティ・タイプ57SCアトランティック。ボディーの中央を縦断する出っ張りは、リベットを打つための“のりしろ”だった。

自動車のボディーデザインには、素材が深く関わっている。成形や接合の技術もレベルアップし、デザインの自由度は格段に向上した。馬車の模倣から始まった自動車のボディー構造は、現在ではセダン、ミニバン、SUVなどのさまざまなバリエーションを生み出している。デザイナーの思い描く理想の形は、素材と技術の発展なしには実現できなかった。

1922年のランチア・ラムダは、乗用車として初めてモノコック構造のボディーを採用した。当時はハシゴ型フレームに木製ボディーを架装するのが常識だったが、ラムダはスチール製のボディー全体で強度を受け持つ構造を取り入れたのだ。軽量で高い剛性を持ち、操縦性能と乗り心地の快適さは飛び抜けていたといわれる。さらに、モノコック構造は重心を低くするのにも有利で、スポーティーなスタイルを実現することができた。ラムダの成功により、モノコックボディーを使った新しいデザインのクルマが作られていくことになる。

1922年に登場したランチア・ラムダのモノコックボディー。

空力と衝突安全が新たな課題に

デザインの可能性は広がったが、同時に新たな制約も加わるようになった。中でもボディー構造に大きな影響を与えたのが、空力の問題だ。自動車のスピードが速くなると空気抵抗が無視できなくなり、1930年代からは流線形のデザインが脚光を浴びるようになった。ボディーとフェンダーが一体化され、フロントウィンドウが寝かされ、車体の後端を切り落とすコーダトロンカが流行した。開発に際しては空気抵抗係数を表すCd値が重視され、風洞実験やコンピューターを使ったシミュレーションが取り入れられるようになる。燃費向上が重要な課題となった今では、空力を考慮しないボディーデザインは不可能だ。

シュトゥットガルトのウンターテュルクハイム工場にて、風洞実験を受けるメルセデス・ベンツ300SLクーペ。

一方で、1990年代からクローズアップされてきたのが衝突安全の問題である。ボディー構造には、交通事故が発生した場合の乗員保護が託されている。シートベルトやエアバッグも安全性向上に寄与しているが、それもボディーそのものが事故に強いことが前提である。日本では、1994年から新型車の衝突実験が義務付けられるようになり、1995年からは自動車事故対策センター(現自動車事故対策機構)による安全性能評価、自動車アセスメントも開始された。

2007年度自動車アセスメントにて、フルラップ前面衝突試験を受けるスバル・インプレッサ。

単純にボディーを固くすれば乗員保護性能が上がるというわけではない。乗員の生存空間を確保するためには、衝突時につぶれることで衝撃を吸収する部分が必要だ。それによって、キャビンが変形するのを防ぐのである。重いエンジンが室内に入り込まないための工夫も重要だ。
また、大事なのは生存空間の確保だけではない。衝撃でドアが勝手に開いてはならないが、脱出のためには手で開けられる状態を保つことも求められる。さらに、今日のクルマにはコンパティビリティー(両立性)の考え方も取り入れられるようになった。重いクルマと軽いクルマが衝突した場合、どうしても軽いクルマは不利になる。軽いクルマを守るためには、重いクルマがより多く衝撃を吸収できる構造でなければならない。

このほかにも、歩行者保護の観点から、近年では歩行者安全性能評価も行われている。接触して倒れた歩行者の頭部がボンネットに当たることを考え、衝撃を和らげる必要があるのだ。想定される部分の素材と構造は、柔らかく作られなければならない。

安全性能の改善がボディーデザインに影響を与えた例。スズキ・ジムニーは歩行者頭部保護基準に適合するため、2012年5月にボンネットの形状を変える改良を受けた。左が改良前、右が改良後のモデル。

衝突試験が義務付けられてから、パッシブセーフティー技術は格段に向上した。その反面、ボディーが重くなってしまったのも事実である。安全性を確保するための補強は、必然的に重量増加をもたらす。車重が増えれば衝突時の衝撃が増すので、さらに補強を行わなければならない。また、燃費にも不利な条件になる。強度を保ちながら軽量化を進めることが、新たな課題として浮上した。

ハイテン鋼、アルミ、CFRPがボディーを変える

軽量化のためには素材の量を減らすのが早道だが、自動車の外板は薄いところではわずか1mmほどの厚さしかなく、これ以上薄くするのは現実的ではない。ただ、強度を受け持つ部分はもう少し厚い素材を使っており、重量を削ることが可能だ。フロアを形成するメンバーやサイドシル、ピラー類やルーフレール、バルクヘッドなどがそれにあたる。もちろん、ただ薄くするだけでは強度が落ちてしまう。そこで注目されるようになったのが、高張力鋼板である。

鋼板は配合される成分や製法によって品質が異なり、一般的なものでは270MPa以上の引っ張り強度を持っている。これに対し、特に強度の高い製品が高張力鋼板、あるいはハイテン鋼と呼ばれている。定義は定まっていないが、おおむね490MPa以上のものを指すことが多い。近年の自動車では、メンバーやピラーなどにハイテン鋼を使って剛性を高めるケースが増えている。さらに、引っ張り強度が980MPa以上の超高張力鋼板も使われるようになってきた。ただ、強度が高まると、加工には困難が伴うようになる。鋼板はプレス加工によって成形されるが、固くなるほど曲げや絞りといった作業には工夫が必要だ。反発力が強まるために精度が出にくく、無理に力を加えると割れてしまうこともある。超高張力鋼板では加熱して柔らかくしてから成形するホットプレスという方法も使われている。

ボディーの剛性強化と軽量化のために欠かせない素材となっているハイテン鋼。日産は新日鐵住金や神戸製鋼所とともに、2013年に1.2GPa級の引っ張り強度を持つ超高張力鋼板を開発。市販車への導入を進めている。

剛性確保には、それぞれのパーツをつなぎ合わせる溶接も重要なポイントになる。最も一般的なのは、スポット溶接と呼ばれる方法だ。金属の表面を密着させて両面から電極を押しつけ、強大な電流を流すことで溶融させる仕組みである。打点を増やすことによってボディー剛性を上げることができるが、電流を利用するため打点間距離には限界がある。最近では線状に接合することのできるレーザー溶接も使われるようになってきた。

組み立て工場で行われるスポット溶接の様子。自動車の組み立てには、溶接のほかにもリベット打ち、接着剤による接着など、さまざまな工法が用いられる。

鋼板に代えて、外板をアルミニウムで構成するモデルもある。今日ではボンネットやフェンダーなど、応力のかからない部分にアルミニウムを用いて軽量化する例は多いが、アウディA8やジャガーXJなどでは、ボディー全体がアルミ化されている。

ボディーパネル全体がアルミニウムで製作されているジャガーXJ。溶接を使わず、接着剤とリベットだけで組み立てられている。

また、金属を超える可能性を持つ素材として注目されているのが、炭素繊維強化樹脂(CFRP)である。軽量な樹脂に弾性率の高い炭素繊維を組み合わせた複合材料で、テニスラケットやゴルフクラブなどに用いられていた。自動車では、1981年にF1マシンのマクラーレンMP4/1が採用したのが最初である。CFRPは鉄の5倍に達する引っ張り強度を持ちながら、重量はわずか4分の1だ。同じ重量で比べれば、強度が20倍ということになる。

初めてカーボンモノコックボディーを採用したF1マシンのマクラーレンMP4/1。

自動車のボディーに使うには理想的とも思えるが、弱点は製造に時間がかかることだ。加圧しながら長時間加熱して成形し、冷やす工程も加わる。鋼板に比べて数十倍の時間が必要で、必然的に高価格になる。大量生産には向かず、モータースポーツと一部の高級スポーツカーでしか採用されていない。

しかし、それほど遠くない時期に一般の乗用車でも使われるようになるという予測もある。短時間で成形できる熱可塑性CFRPの研究が進んできたからだ。従来の熱硬化性CFRPと性能は同等で、加工が容易な素材である。実用化されれば、軽量で強い強度を持った材料として自動車にも使われるようになるだろう。素材と技術の進歩は、これからも自動車のボディーを大きく変貌させていく可能性を持っている。

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ランチア・ラムダ

ランチアは、フィアット社のレーシングドライバーだったヴィンチェンツォ・ランチアが1906年に設立したイタリアの自動車会社である。初めてのモデルは、1907年に発売したアルファだった。

ギリシア文字を順番にモデル名としており、1922年に発表したのがラムダだ。英語のアルファベットでは「L」に当たる文字である。

モノコックボディーだけでなく、前輪に独立懸架が与えられたのも世界初だった。エンジンはSOHCの狭角V型4気筒で、当時のスタンダードだった直列サイドバルブに比べて低重心化を実現できた。

ボディー、シャシー、ドライブトレインのすべてが並外れて先進的だった。『Car Graphic』初代編集長の小林彰太郎氏は、「もし、たった1台のクルマしか持てないとしたら、僕は躊躇(ちゅうちょ)なくランチア・ラムダを選ぶ」と話していた。

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自動車アセスメント

アメリカでは1979年からNCAP(New Car Assessment Program)と呼ばれる自動車の安全性評価が行われるようになった。米国運輸省道路交通安全局によってテストが行われ、結果を公表するというものだ。

それを範として他の国でも同様な制度が作られていった。ヨーロッパで行われているものをユーロNCAP、日本で行われているものをJNCAPなどと呼んでいる。

日本では国土交通省と自動車事故対策機構によってテストが実施されている。当初はフルラップ前面衝突試験のみだったが、オフセット前面や側面、後面も加わっていった。

歩行者保護性能とシートベルトリマインダー評価を加え、合計208点満点で総合評価を行う。点数に加えて星による評価も行われており、170点以上を獲得すると最高評価の5つ星が与えられる。

平成25年度自動車アセスメントにおいて最高評価を獲得したトヨタ・クラウン。その際の189.7点という点数は、平成23年度の新・安全性能総合評価導入以降、歴代最高の得点となっている。

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CFRP

変形してエネルギーを吸収する金属と違い、樹脂素材は強い衝撃を受けた際に割れやすい。その弱点を補うために繊維を加えたものが繊維強化樹脂(FRP)である。

ガラス繊維を強化剤として用いたものがGFRPで、比較的安価なのでさまざまな製品で使われている。耐熱性や絶縁性に優れていることが特長だ。

炭素繊維を用いるCFRPは、GFRPよりもはるかに軽量で高い強度を持つ。炭素繊維を並べて高温で焼き、樹脂を含ませたものがプリプレグと呼ばれる基材である。レーシングカーなどに使われるドライカーボンは、これを加圧窯のオートクレープで加熱し、硬化させて成形する。

ボーイング787は機体重量の半分がCFRPで、ジュラルミンに比べて大幅な軽量化を実現した。その結果、同クラスの従来機に比べて燃費が約20%改善したという。

マクラーレンMP4/1のカーボンモノコック。

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[ガズー編集部]