秘密のファクトリーをイラストで再現! アバルト本社訪問レポート

フィアットの名チューナーとして知られる、アバルト。

オーストリア人のカルロ・アバルト(カール・アバルト)がトリノの「コルソ・マルケ38番地」に1949年に設立したアバルト(ABARTH&C.)は、スパイスの効いたチューニングが施されたモデルを次々と生み出し、数多くのレースで勝利を勝ち取った。彼がベースとしたのはフィアット・500などのとても小さなモデル達だったが、彼の手がけたモデルはノーマルエンジン比の2倍近い出力を持つものさえあり、その高度なチューニング・テクニックは「アバルト・マジック」とさえ称され、時には大排気量のマシンにも勝利するほどの高性能を誇った。​​

ピエモンテ州都、トリノに本社を持つフィアット。乗用車だけでなくトラック、バス、鉄道車両、船舶、航空機までも製造しているフィアットグループは、まさにイタリアの産業の代名詞だ。現在イタリアの自動車メーカー各ブランドはほぼフィアットが所有し、あまりの規模にフィアットの経営がイタリアの国家運営に影響するとまで言われるが、国営ではないのが特徴。アバルト本社は現在、この敷地内に置かれている

アバルトはその後1971年にフィアット傘下となり、事実上フィアットのレーシングカー部門となった。そのため、フィアットのクルマがレース/ラリーに参戦する際のマシンだけでなく、アバルト同様にフィアット傘下となったランチアのラリーカーやアルファロメオのレースカーも数多く手がけていることはあまり知られていないかもしれない。

市販車としてアバルトが開発を手がけた車種は1990年代以降姿を消していき、しばらくは名声高いアバルトブランドを生かした「バッヂ・チューン」の高性能版を発売していた。しかし、2007年にルパンのアニメ映画で有名になったフィアット・ヌオーヴァ500のリプレイス版ともいえるフィアット・500が発売され、これをベースとして久しぶりに“アバルトの名の下で”開発されたモデルの開発がアバルトブランド復活とともにアナウンスされた。これはまさに1950年代にヌオーヴァ500をベースに、アバルトがカリカリにチューンして生み出されたアバルト・595の関係が再現されることになり、大いに話題を呼んだ。そして、今やアバルトはフィアットグループの中で重要な一ブランドに成長しているのはご存知のことと思う。

ところで、2016年5月、筆者は北イタリアへ取材で訪問した際にそのアバルト本社を訪問する機会があったので、その模様をレポートしたい。

アバルト本社訪問

先に述べたようにフィアットの一部門でありフィアットと密接に関係するアバルトは、現在はトリノにある巨大なフィアットの本社工場敷地内に本社とファクトリーを置き、フィアットをベースにしたハイパフォーマンスカーの開発と生産を手がけている。

本社工場、“オフィチーネ(オフィス)・アバルト”の入り口。広大なトリノのミラフィオーリ本社工場の一角にある。赤白チェックがアバルトらしさを醸し出す
工場に入るとアバルトの最新作、アバルト・124スパイダーがお出迎え。アバルトといえば「木箱に入れられてチューニングパーツが届く」のだが、それを象徴するように木箱とマフラーなどのアバルト製パーツが展示される

フィアット本社工場に入る前に、正門にいる守衛にモバイル機器のカメラにシールで封印をされた。秘匿情報に溢れる自動車メーカーの工場に入るのだから当然の措置である。一方、取材用カメラによる撮影は許可が出た限られた場所でのみ可能だ。そして正門に迎えに来たスタッフのクルマに数分乗り、アバルト本社前に到着すると、プロモーションブースの撮影のみが許可された。アバルトらしく赤とグレー、白、黒で統一された建物内にはアバルトの象徴であるサソリマークが輝き、アバルトの本社に来たことを実感する。

オフィス/工場に入る前に並ぶ、アバルトが手がけたマシンたち。左から1970年代初期にラリーを席巻した初代アバルト・124スパイダー、当時の世界スピード記録を達成した1956年型750レコルト(ベルトーネ)、そしてカルロ・アバルト自身のドライビングでこちらも世界記録を達成した1ℓDOHC(ビアルベーロと呼ばれる)エンジンを搭載したシングル・シーターのマシンが並ぶ
現行のプロダクションモデルももちろん展示される。左のマットカラー(つや消し)のアバルト・595は、2013年に発売されたアバルトの50周年記念車、右は「695ビポスト」。こちらも50周年を記念して登場したモデルで、最高出力はノーマルのアバルト・500プラス55psの190psを誇る。
輝かしきアバルトの歴史はモータースポーツの歴史そのものでもある。ラリーで常勝した、かの有名なランチア・デルタインテグラーレなども、実はアバルトで開発されたのだ

プロモーションブースにはアバルトのヘリテイジを語る重要かつたいへん希少・貴重なマシンたちと、現行モデルの中でも記念碑的なモデル、そして新旧コンペティションマシンが並び、アバルトがモータースポーツと歩んで来たことを教えてくれる。そして、このブースの奥にある入り口の先には、アバルト各車が開発・生産されるファクトリーが構えている。

フィアット本社内にあるため、普段アバルト本社も立ち入り出来ないが、ファクトリーはさらに立ち入りが制限されている。撮影可能なのもここまでだ。だが、筆者がイラストレーターだと伝えると、「絵は描いてもいい」と許可を得たため、簡単なスケッチを行った。そこで、そのときのスケッチと記憶を頼りにファクトリー内部をイラストに起こしてみた。雰囲気が伝わっていると幸いである。

フィアットの工場内に入るため、当然だが撮影出来る対象が限られる。アバルトのファクトリーも、撮影は基本、禁止。そこで今回は記憶と工場内で行ったスケッチを頼りに、イラストでアバルト本社ファクトリーの様子を再現した。ファクトリー内はきわめて清潔で、整理整頓はもちろん徹底して行われている。クルマを生産しているとは思えないほどに美しい空間だった

また、オフィス内の廊下などには、ところどころにアバルトのいにしえの名車の写真が大きく引き伸ばされて飾られているほか、カルロ・アバルトの部屋が再現されているなど、創業者の偉業をたたえ、伝統と伝説を大事にするアバルトの姿勢に感銘した。

アバルトはかつてのチューナー、そしてフィアットのモータースポーツ部門という時代を経て、現在はフィアットグループを代表するスポーツ・ブランドに成長した。そのため働いているスタッフの数も多く、美しく整備された一流の工場からは、もはや小さなチューナーという雰囲気は無い。だがアバルト本社とファクトリーを訪問して思ったのは、アバルトは名前を復活させただけではなく、カルロ・アバルトが作り上げた伝説、生み出された数々の名車たち、数えきれないほどのレースでの栄光という過去を、大事な伝統としてしっかり継承し、それらをプロダクトモデルの開発やアバルト自体のフィロソフィにしっかり組み込んでいるのだな、ということだった。

彼らはこれからも、その伝統を大切にしつつ、革新的で乗る人を楽しませるクルマたちを次々と生み出していくことだろう。

(遠藤イヅル+ノオト)

[ガズー編集部]