レクサスRC F 開発者インタビュー

ブランドを明確化するフラッグシップ

2014年10月、LFAに代わってレクサスのスポーツブランド“F”のトップに立つことになるRC Fが登場した。RCをベースにしながらもエンジン、足回り、空力パーツなどは専用装備で、「走りを楽しみたい人なら誰でも、運転スキルに関係なく笑顔になれるスポーツカー」をうたっている。

351kW[477PS]/7100r.p.m.、530N・m[54.0kgf・m]/4800~5600r.p.m.という強大なパワーとトルクを誇る新型5.0リットルV8エンジンを搭載するハイパフォーマンスクーペは、レクサスのブランドイメージを先頭で引っ張っていくことになる。

RC Fを開発したチーフエンジニアの矢口幸彦氏は、“F”ブランドの目指す方向性をクリアな言葉で示してくれた。

サーキット“が”走れることの意味

​ノーマルのRCも走りの性能を重視したスポーツ性の高いモデルだが、矢口氏はRCとRC Fには明確な違いがあると話す。それは、“が”と“も”の間にある大きな隔たりに起因するものだ。

「RCは“F SPORT”も含めて、一般道を中心に走ってサーキット“も”走れるクルマなんです。でも、RC Fはサーキット“が”走れるクルマなんです。“が”と“も”の差はものすごく大きくて、サーキットを一日中走って冷却性にしてもブレーキにしてもタフネスを発揮できるクルマというのは、世界中にそんなにないと僕は思います。サーキットを楽しく走れても、普通のスポーツモデルは何周かでブレーキが苦しいというふうになってしまうんですね。RC Fでは、重くなるのを覚悟でフロントのブレーキを拡大したり、オイルクーラーも2つ追加したり、サーキット走行を重視した作りになっています」

オーナー全員が実際にサーキットにクルマを持ち込むわけではないが、サーキット“が”走れると自信を持って言える性能を確保することがこのモデルにとっては重要なことなのだ。

フラッグシップであるRC Fは、レクサスブランドを象徴する存在でもある。レクサスの各車種にはスポーツグレードの“F SPORT”が用意されていて、そのすべてのモデルの指針となるのがRC Fなのだ。

「たくさんのスポーツモデルを展開していくと、どうしてもブランドの方向性は多少ボヤけてきます。LSを中心として基幹車種がまっすぐにレクサスの道を行くのに対して、それをもうちょっとお客さまにわかりやすく説明するために、“F”があると思います。新しい技術にもトライしながら挑戦的にやっていくと、全体として大きなベクトルはこっちなんだねと、ということがわかっていただける。実際、レクサスに興味がない方も、“F SPORT”があることで来店していただけるんですよ」

2007年に発売されたIS Fは、レクサス初の“F”モデルだった。富士スピードウェイに由来する“F”の名は、走りを追求したスポーツモデルに与えられる。IS Fを開発するとともに、“F”というブランドを提案したのが矢口氏だった。

数字の競争には参加しない

以前は、各モデルごとに担当するチーフエンジニアがスポーツバージョンを設定していた。それではブランドの統一性にブレが出てしまう可能性がある。

「“F”のコンセプトを作ってからは、まず“F”はこういうもので、“F SPORT”はこうする必要があるというのを私のほうで出しています。それをベースにして、そこから先は各チーフエンジニアが好きなようにやるわけです。ブランドとしての統一感をとるという作業を始めたので、スポーツモデルとしての“F SPORT”も、今まで各車バラバラに展開をしていたのに比べるとはるかにお客さまに受け入れていただけるようになりました。非常に販売比率も高いんです。昔だと10%もいかなかったのが、今は3割とか、うっかりすると4割近くいくようなこともあります」

ブランドの方向性が明確になれば、全体としての大きなベクトルが理解しやすくなる。外見にしても走りの味付けにしても、はっきりしたわかりやすいモデルを示すことが必要だ。

「僕たちはIS FとかRC Fを作っているのではなくて、“F”を作っているんです。レクサスとしてのエモーショナルを訴求するということが、“F”にとって一番大きいわけです。ラグジュアリーということにしても、もっとエモーショナルな方向に行きたい。あのLFAにしても、飛び抜けて運転の上手な限られた人だけに向けたスポーツモデルではありません。幅が広く懐が深くという、プロが乗っても楽しいし、免許取りたての人が乗っても楽しいモデルです」

わかりやすいということでは、数字で表れるラップタイムは誰の目にも明白な指標となる。しかし、矢口氏は数字の競争には距離を置きたいと言う。

「速さだけなら、新しいクルマが速いに決まっています。ニュルでのタイム競争なんかには絶対参加してはいけないというのは、タイヤも路面も全部違う中でラップタイムを比較してもまったく意味がないからです。エスカレートしていけば、人が死ぬ可能性だってある。それよりも、たくさんの人がニュルに行って、あそこを安全に走れるクルマを作ったほうが、僕は意味があると思うんです。トップドライバーの方が性能を引き出してそれを見せるというのも、ひとつの行き方です。それを否定する気もないんですが、われわれはそうではない。多くの人がニュルに行って、その人のペースで安全に走ってもらう。そういうクルマをご提供するほうが、われわれらしいのではないかと思っています」

モータースポーツへの関わりを深める

ライバル車としてBMWのMやメルセデス・ベンツのAMGなどの名が取り沙汰されることがあるが、ベンチマークにしたモデルはないそうだ。

「メディアの方はよくMやAMGを持ってきて比較したりしますが、われわれはまったく別物だと思っているんです。BMWとレクサスが違うように、MとFも違う。M4やC63に乗ってみることもありますが、それをまねるんじゃなくて、ああ、彼らはこういうクルマを作りたいんだ、ということだけを確認します」

基準となったのは、自らが手がけたIS Fの特別なモデルだった。

「IS FのCCS-Rは、われわれの方向性を一番よく示しているんです。これはCircuit Club Sport Racerの意味で、誰でもサーキットで思いっきり楽しめるレーシングカーというコンセプトです。エンジンとトランスミッションは普通のIS Fのままで、ATですから発進もラクラクです。ただ、ボディ剛性を上げて車重は300kg軽くしているので、レースでは速い。去年のニュルブルクリンク耐久ではクラスチャンピオンになっています」

RC Fでも、ルーフやボンネットなどに炭素繊維を用いて軽量化した“Carbon Exterior package”を販売する。CCS-RやGT3モデルも販売する予定で、モータースポーツにはこれまで以上に深く関わっていくことになる。

「CCS-Rは完走率が高いので、ニュルブルクリンクでも人気が高いんですね。向こうではジェントルマンドライバーという仕組みがあって、シート売りをするんです。それでクルマが壊れてしまえば、金を払っているのにレースに出られません。訴訟騒ぎになることもあるんですよ。速いマシンが走っていますが、耐久レースですから運転が楽で壊れないわれわれのクルマが最後には勝つんです(笑)」

立体的で削り出し感のあるデザイン

RC Fの魅力は、走りだけにあるのではない。例えば、乗り心地もアドバンテージを持っているという。

「ボディ剛性で言うと、高いと言っていただいたISが100とするとノーマルのRCが130、RC Fが150ぐらいになっています。だから、乗り心地もいいんですよ。それに加えてシートの出来がいい。ISから始めた発泡成形の表皮一体型シートというのは基本的に同じなんですが、RC Fの場合は骨格から別物です。ものすごくピタッとするでしょう。腰が痛くなると、あのシートに座るんです。立ちっぱなしで説明していたりして疲れた時、30分も座っていると治るんですよ(笑)。もちろんサーキットを走る時もメリットがあって、手や足で踏ん張る必要がないんです。手と足は、アクセルを踏んだりハンドルを回したりといった操作に集中できます」

スタイリングもアピール点だ。ノーマルのRCや“F SPORT”とは、エクステリアデザインも大きく違っている。

「スピンドルグリルもいろいろ提案してきましたが、RC Fがいちばんスピンドルグリルをこなしてるんじゃないかと思います。今までの平面チックなスピンドルから、立体的なものに変わってきていますね。海外のクルマが彫りが深いのは、石造りの建物の前に置いても石の凸凹に負けない形になっているからだと思います。そういう意味では、RC Fはちょっと削り出し感があります。極端な話をすると見る角度によって色が変わって見えるくらいで、塗装も新しい赤であったり青であったり、角度によってものすごく変化がある」

レクサスのイメージを大きく変えるモデルができたのは、環境の変化によるところも大きいようだ。

「レクサスインターナショナルというひとつのかたまりになって、レクサスだけをワイワイやれるようになったことは大きいでしょう。レクサスのラインナップも1周2周しましたから、慣れてきたということもあります。IS Fを6年間改良し続けることによって、こういうクルマをどう作っていくのかということがわかってきました。今回はクーペで“F”をやるよということをしっかり見せて、われわれのやりたいことをもう少しご理解いただけるようになるんじゃないでしょうか」

フラッグシップモデルの登場で、レクサスというブランドの目指すものが明瞭な形を見せることになる。今後、さらなる“F”モデルの展開はあるのだろうか。

「可能性はゼロではないと思います。RC Fひとつで引っ張るのは難しいですし、LFAも生産が終わっちゃいましたから。もうちょっと必要かなという気はしています」

プロフィール

トヨタ自動車 製品企画主査
スポーツ車両統括部 LEXUS Fグループ グループ長
矢口幸彦

1977年入社。クラウン、初代、2代目セルシオ(LS400)の振動騒音開発に従事した後、チェイサーツアラー系、プログレ等の車両性能開発のまとめを担当した。レクサスセンターの立ち上げに参加し、IS Fを提案。プレミアムスポーツブランド“F”を立ち上げ、車種別に存在していたスポーツグレードを“F SPORT”に統一した。