理に適ったカタチは美しい。 [プリウスα 粥川宏 開発責任者](2/2)

何かを犠牲にするんじゃなくて、“選択する”という考え方

スペース系の車両、とくにミニバンというのは、大きな居住空間と荷室を確保するためにどうしても意匠的にはボックス型になります。しかも重いし、タイヤも太くなり転がり抵抗が大きくなるので燃費が悪い。空力を考えると車高は低くし、車体の後ろを切り下げていくトライアングルシルエットが理想です。現行プリウスではそのため後部座席後ろの天井高が下がっていて、荷室が少し削られます。「3列シートにできて、しかも3列目に日本人の平均的な体格である身長170センチの人がゆったり座れること」が私たちの開発のMUSTでしたから、これを何とかしないといけない。
さまざまな試行錯誤の末、たどり着いたのがプリウスαのカタチです。ルーフの後部に塊を付加することなどの工夫で、後部座席に十分な居住空間を確保するとともにトライアングルシルエットを実現し、広いスペースと高い空力性能という相反する課題を両立させました。
結果的に車高は1550ミリを超えてしまい、立体駐車場には入らない大きさになりました。しかし、私はこれを「立体駐車場が使えるという利便性を犠牲にした」とは考えていません。私たちは「十分な居住空間と荷室を確保するということと高い空力性能を実現するためのトライアングルシルエットを選択したのだ」と前向きに考えています。
また、「手の届くハイブリッド車」を実現するためには現行プリウスのユニットを共通使用する必要があります。これについては現行プリウスのチームと連携して開発にあたりました。車両としては全く新しい車でありながら、これによって幅広い層のお客様に買っていただける価格を実現しました。
同時に、「とにかく軽く」を合言葉に車重の軽量化に挑戦し、ボディの各所に軽量効果の高い新素材を採用し、加えて、ユニットはギア比の見直しやモーターの水冷化などによって、優れた走行性能と低燃費を両立させています。
また、3列シートのスペースを確保するためには、これまでのプリウスの後部座席の後ろに配置していた電池(ニッケル水素電池)を移動させる必要がありました。そのため、7人乗りの3列シートの設定では、蓄電効率が高く小型化が可能なリチウムイオン電池をトヨタのHV車としては初めて採用し、運転席と助手席の間に配置しました。

新しいスペース系のクルマとして世界の市場に提案

これまでお話したようにプリウスαは大きなスペースと空力性能、軽量化、走行性能。さらには「手の届く価格のHV車」実現など、相反する課題の両立を、チームのメンバーや協力会社のメンバー全員の英知を結集し、さまざまな工夫と挑戦によってバランスをとり実現させた新しい時代にあったスペース系のクルマです。
日本に続いて米国、そして欧州でも発売を予定しています。米国では2列シートの5人乗りのタイプを、「プリウスv」という名前で発売する予定です。SUVより車高が低く、ステーションワゴンより短いこの大きさ・カタチのクルマは米国市場では全く新しいジャンルのクルマになります。SUVユーザーのダウンサイジングと低燃費志向が進む中で、RAV4などのスモールSUVとは別の新しい選択肢として、きっと受け入れられると期待しています。
かたや欧州への投入はもう少し、先になりますが、3列シートの7人乗りのタイプを「プリウス+(プラス)」の名前での発売を予定しています。米国と違い欧州ではこのサイズのクルマは「CセグMPV」として、VWゴルフトゥーラン、オペル・ザフィーラ、ルノー・グランセニック、トヨタではカローラ・バーソなどがすでに発売されていて、DセグMPVからのダウンサイジング・ニーズを吸収して成長している市場です。プリウスαはこのジャンルでは大きなサイズになります。この広いスペースと低価格低燃費、先進装備を武器に、この市場を牽引するクルマになると期待しています。

機能・性能・用途・使い勝手を追求すれば、美しさに収斂する

私は大学では機械工学を専攻し、アルミの塑性加工の基礎研究をしていました。クルマが大好きだったので自動車メーカーに絞って就職活動をおこない、地元が愛知県だったこともあり、トヨタに入社しました。また、そのとき先輩から「トヨタの技術部に入れば、世界中のクルマが乗り放題だぞ」というのが殺し文句になりました。実際、入社してからいろいろなクルマを仕事という名目で、毎日とっかえひっかえ乗っています(笑)
クルマを開発する上で、一番大切なことは「クルマが好きだ」ということだと思います。プリウスαの開発ではさまざまな課題が山のように積み上がりましたが、それを克服できたのもやっぱり、自分がほしいクルマを自分の手で作りたいという気持ちが強かったからだと思います。
また入社以来、製品企画担当になるまでは、基本的に私はボディ設計一筋に経験を積んできました。また、東富士研究所で軽量化の先行開発をおこなっていたこともあり、2001年の東京モーターショーにエコロジーをテーマにしたコンセプトカーとして参考出品した、小さく軽量なボディにトヨタのエコ技術を詰め込んだ超低燃費車「ES3(イーエスキュービック)」の開発、さらには愛知万博のi-unit開発にも参画し、それこそオールトヨタグループの英知と技術を結集した未来のクルマ「i-unit」の企画から開発を担当することができました。こうした経験はプリウスαの開発において、ものすごく役立ちました。
また、プリウスαで採用しているプラットフォーム「MCプラット」は私がボディ計画室長時代に開発担当したプラットフォームで、プリウスαはこのプラットフォームを採用する最後のクルマとなりました。いわば、プリウスαはトヨタマンとしての私のこれまでのキャリアの集大成のようなクルマです。
これまでお話したようにプリウスαは、ミニバンやステーションワゴンなどの居住性や使い勝手はそのままに、低燃費でしかも手の届く価格という実用性の高い環境車を目指して開発をしてきました。しかし、実用的なクルマというのは実用性だけ優れていればそれでいいと、私たちは考えていません。ましてや、実用性のために、格好良さを犠牲にしてはいけない。新しい時代のスペース系車両であるプリウスαは先進的な顔を持ち、恰好良いことが必要だと考えていました。
私が若かった頃、デザイン部の部長が「ポルシェのスポイラーは綺麗だろ。あれは空力を追求した結果、あの美しさに辿り着いたんだ。単にデザイン的な美しさだけを追求しても、あの美しさには辿り着けない」といっていましたが、工業製品というのは、理に適っているものが美しいのです。変にこねくり回して作った意匠というのは、最初は美しく見えても、すぐに飽きてしまいます。
「シンプルに、そして機能や性能をカタチにする」。機能・性能・用途・使い勝手を追求すれば、それらはすべて美しさに収斂します。プリウスαのあの美しいトライアングルシルエットはそうした結果でき上がったものです。
プリウスαのデザインはデザイナーが評論家などから誉め殺しに合うくらい「カッコいい」と評価されています。私もずっと見ていても飽きないこの美しいシルエットがとても気に入っています。ぜひ、みなさんにも実際のクルマを見て、その美しさを堪能していただきたいと思います。ほら、綺麗でしょ。

( 文:宮崎秀敏 (株式会社ネクスト・ワン) )