GR/GR SPORTの開発責任者とマスターテストドライバーに聞く ―ここからトヨタを変えていく―

トヨタのスポーツコンバージョンモデルが深化する。これまで、“スポーツカーのある楽しさ”を提供するものとして展開されていた「G'sブランド」に代えて、それをさらに発展したものとして、モータースポーツ直系の「GRブランド」が始まるのだ。ラインナップは、ヴィッツと86の「GR」モデルに、ヴィッツ、アクア、プリウスPHV、ハリアーなど8車種の「GR SPORT」モデル。究極のスポーツモデルとしてヴィッツの「GRMN」モデルも用意される。
組織的にも、新たにGAZOO Racing Companyが発足し、スポーツモデルの商品体系を統括する。これから、このGRでどんなクルマづくりを目指すのか。ヴィッツ「GR」・「GR SPORT」の開発責任者の纐纈正樹さんと、マスターテストドライバーの江藤正人さんに話を聞いた。

”トヨタ”を前面に出すスポーツモデル

纐纈:今までのG'sは、どちらかと言うと“ちょい悪オヤジ”みたいなクルマだったんです(笑)。トヨタという名前は前面に出さずに、G'sというブランドの、いいクルマをつくろうという手法。言ってみれば、アングラ的なところがありましたね。今度は、GRがトヨタのスポーツ的なものを担ってやっていこうという方針です。そこが一番変わったことですね。

江藤:もともとG'sは社長から「お前がやれ」と声をかけられて始めたんです。2010年にノア/ヴォクシーを出したのが最初ですね。あれからもう7年ですが、残念ながらまだ世間に浸透したとは言えません。

纐纈:これまでは、トヨタマークを付けずにG'sのエンブレムを付けていました。今度はトヨタのシンボルマークで「トヨタのスポーツモデルだ」ということをはっきり打ち出します。そういう意気込みがありますね。

江藤:GAZOO Racing Companyという組織になったので、環境はよくなりました。まだまだマンパワーは足りないんですが……。

纐纈:台所事情はまだ厳しいところがあります。でも、これまでのアウトロー的な位置づけとは変わりますから、会社のバックアップがあります。社内の今までのルールとか慣習も、どんどん変えていこうと。カンパニー体制になって、やっと普通のやり方ができるようになったと思っています。

江藤:将来的には、エンジン系も手がけていくつもりです。これまでもGRMNではエンジンをやっていてそれなりの評価も受けているんですけど、限定車だったこともあって、広く浸透できていないわけです。「GR SPORT」は裾野が広くなるので、バリエーションを多くしてパーツも含めて提供していきたいですね。

モータースポーツの成果を生かす

GRブランドは、4つの商品体系からなる。究極のスポーツモデル「GRMN」を頂点として、「GR」が量産型スポーツモデル、「GR SPORT」が拡販スポーツモデルというわかりやすい位置づけになった。アフターマーケットをターゲットにする「GR PARTS」もスタートする。モータースポーツ活動の成果を製品に反映させ、GRブランドを育てていくことになる。

纐纈:WRC(世界ラリー選手権)でヤリスが勝っていても、日本ではなかなか販売成績に結びつきません。ヨーロッパではラリーが宣伝になるんですが。これまでは、モータースポーツ活動と市販車が別々という感じがありました。今後は、ラリーの活動を積極的にGRにフィードバックしていこうと考えています。ヴィッツの「GR」は、全日本ラリーで開発したスポーツCVT制御のノウハウを注ぎ込んでおり、今回採用した10速シーケンシャルCVTと相まってモータージャーナリストからも評判がいいんです。

江藤:実際、ラリーでも速いんですよ。CVTはどちらかと言えば、燃費への手段的イメージで、使い方次第でスポーティな魅力があるとは理解されていませんでした。ただし高回転が続くので、乗っていると大丈夫か、と心配をしてしまうんですが、技術的にはまったく問題ありません。これまでそういう使い方をしていないから、気になるだけなんです。

纐纈:スポーツカーみたいだとおっしゃる方もいますよ。G'sはドメスティックだったんですが、「GRMN」は海外でも売ります。ラリーの活躍を知っているお客様から欲しいという声があるんです。

江藤:G'sはノア/ヴォクシーから始まって、もともとCVT車両が多いんです。
今回、ヴィッツ「GR」では、MT仕様と共にラリーで鍛えた、10速シーケンシャルCVTを採用し、ドライブトレインに変更を加え、よりスポーティに走れるようにしました。
「GR SPORT」は専用デザインの採用と、ボディとシャシーに手を加え、ライフスタイルに合わせて選べるモデルとしました。

ボディとシャシーにファインチューニングを施す「GR SPORT」、さらにドライブトレインにも手を入れる「GR」、専用エンジンが与えられる限定生産の「GRMN」。目的に応じたレベルが設定されるが、操縦安定性と乗り心地を高い次元で両立させるという思想は共通だ。フロントフェイスには新たに「“ファンクショナルマトリックス”グリル」が採用され、インテリアは“非日常的な華やかさ”を追求したスポーティなデザインになった。ラインナップ全体が統一されたイメージとなり、GRブランドの存在感が際立つ。

クルマとは長い付き合い

GAZOO Racing Companyのミッションは、「もっといいスポーツカー」を世に出すことと、モータースポーツ活動を有機的につなげ、クルマ好きとトヨタ応援団を増やすこと。纐纈さんと江藤さんは、ユーザーにスポーツカーの楽しみを提供するという重要な役割を担う。2人は、やはり小さな頃からクルマが大好きだった。

纐纈:子供の頃はバス通学で、窓から道を行くクルマを眺めて車名を当てる遊びをしていました。マツダのロータリークーペ、日産フェアレディとか、カッコいいクルマが好きでしたね。友達もみんなクルマが好きでした。そういう時代です。
家にあったクルマで最初に覚えているのはジープです。小学生の頃はブルーバードUでした。それから、ハイラックスとか、ダットラとか。特にアウトドア志向だったわけではないんですが、そういうクルマがありましたね。
僕自身は、スポーツカーに憧れるというより、街に映えるクルマ、風景に合うクルマがいいなと思っていました。これが一昨年出した クールでエレガントな 86"style Cb"につながっています。
免許を取ったのは少し遅くて、20歳でした。家にケンメリスカイラインがあって乗りたかったんですが、免許を取る直前に売ってしまっていて、結局乗れずじまい。自分ではクルマを買わずに、レンタカーに乗っていましたね。いろいろなクルマに乗りたかったんです。ファミリアXGとかの頃です。自分で持っていたのは自転車だけ(笑)。
自分で初めてクルマを買ったのは、30歳近くになってから。カローラワゴンのハイルーフです。カロゴンの前の時代でした。セダンより、ワゴンが好きだったんです。

江藤:私はもう少し前の時代で(笑)、子供の頃はカローラ、サニーなど、モータリゼーション到来の時代でした。実家の裏に線路が走っていて、機械に興味をもち、中学生の頃はクルマ好きになっていて、卒業するとトヨタ工業学園に入りました。働きながら勉強して資格も取れるというので。18歳になるとすぐに免許を取りましたね。
最初はカローラのスポーツモデル。走りまくって、ガソリンが1リットル40円か50円だった時代に月に2万円も3万円も使っていましたね(笑)。トヨタに入って10年間は車両全体の評価を担当する部署にいて、クルマの知識をつけていきました。カリーナ、マークⅡGSS、ソアラとか、今と違いほとんどFR車両でしたが、運転の難しさと楽しさを知り、乗りまわして腕を磨いていました。
クルマの全体がわかってきたところで、これからはクルマのスピードがもっと速くなるし、どうやってクルマを良くするのか考えなきゃいけないということで、まず、国内サーキットを月に1~2回は走り、年に1回はヨーロッパに行き、「各地を走り、道・文化を知る」ことを、数名のメンバーとともにやっていました。

うちのクルマとほかのメーカーのクルマにも乗っていると、自然と「ちがい」がわかるんです。足りないところがあると、「じゃあどうやってよくしたらいいのか?」と考え、自分でクルマをバラして、「ボディ、サスペンション剛性の変更」、「ジオメトリー(配置)変更」するなど、その改善を試行錯誤、現地現物で自分の手でいっぱいやりました。失敗もたくさんやって、色々やってみると、「クルマってこうでなけりゃいけない」ということがわかってきます。
この「自分の手」でやること、「やってきた経験」が、よいクルマづくりへの「こだわり」になっていると思っています。

纐纈:私はトヨタに入って国内営業から始めました。その後技術部に移りましたし、商品企画でトヨタの車両マネジメントも経験しました。用品の部署にもいって、それからG'sの担当になりましたね。企画、開発、営業すべてに携わったので、トヨタのいいところも悪いところも見えています。だから、GRでいろいろ変えていきたいと思っています。

違いはわかっていただける

最初にラインナップされるのは、ヴィッツ、ノア/ヴォクシー、ハリアー、プリウスPHV、マークX。ヴィッツは「GR」と「GR SPORT」の両方が用意され、ほかの車種は「GR SPORT」のみでスタートする。これに続いてプリウスα、アクアの「GR SPORT」、86のGR」が今冬発売予定、2018年春ごろにはヴィッツ「GRMN」が発売される予定だ。

纐纈:G'sの時は販売店で乗っていただく機会がなかなか作れなかったんですが、「GR」や「GR SPORT」はこれまでよりたくさん試乗車を用意できるはずです。乗っていただければ、違いをわかっていただけると思いますよ。

江藤:今回はサーキットでの試乗でしたが、街なかで少し乗るだけでも違いは確実にわかります。極端な話、シートに座ってドライビングポジションをとれば感じられますよ。スピードを出す必要はありません。我々もテストコースをハイスピードで走るばかりではなく、構内路で20km/h、30km/hという速度で走っていることが多いんです。そこでちゃんと走らないと、スピードを出してテストする意味がない。
駐車場から出てハンドルをスーッと切った時にクルマがどんなふうに動くのか。それだけで「良くなっているか、いいクルマかどうか」はわかるもんです。

纐纈:乗っていて疲れないことが安全につながるということも知ってほしいですね。それが意のままに操る楽しさとつながっています。

江藤:いいクルマというのは、まず接地感、ドッシリしていることが第一。
そして、やっぱりハンドリングでしょうね。低速でもハンドルを切ったらタイヤがねじれるわけだから、重さの変化がなきゃいけない。そこに違和感があると、思い通り、狙い通りのイメージと答えが合わない。すなわち「手応え」を得られないことになり、クルマとの会話ができない、結局、ストレスがたまって楽しくないということになります。
違和感がないということは、楽しさ、正確さにつながります。

纐纈:ひとつの車種を作るのはお金もかかるし時間もかかって大変です。GRはスポーツコンバージョンですから、ベース車をチューニングするわけです。素早くいろんなクルマを出すことができて、それが強みですね。新しくクルマを開発するのは簡単ではありませんが、お金をあまり使わずに多品種を出せるんです。

江藤:「こだわり」を持ったいいクルマを提供できますね。ただ、これからは、過去のG'sとは違う試みをやっていかなければダメだと思います。スポーティなクルマをつくるということだけでは無く、技術的にも成長したクルマをつくること、GAZOO Racing Companyとしてモータースポーツの技術を入れると言っているんだから、新しいアイテムを開発に取り入れていかなければなりません。

纐纈:開発の環境は確実によくなりました。まだ小さな所帯ですが、それは少数精鋭ということでもあります。スピーディーな判断ができるんですよ。みんなで仲良くというのでなく、誰が責任をもっているのかをはっきりさせ、いいクルマづくりのイメージを固める。ある意味外側にいたG's時代と違い、GAZOO Racing Companyは内側で動いていく。だからこそ、GRの活動はトヨタ全体が変わっていくきっかけになれると考えています。

<プロフィール>

纐纈正樹(こうけつ・まさき)

GAZOO Racing Company GR開発統括部 ZR主幹
1988年にトヨタ自動車入社後、国内営業部門や技術部を経て、商品企画部では、車両発売後の市場評価やデザイン審査に対応。その後、C&A事業部において、海外スポーツコンバージョン車両の承認、G'sの運営体制構築・開発推進・発売準備を推し進めた。また 86"style Cb" も世に送り出した。2016年からGR開発統括部。

江藤正人(えとう・まさと)

GAZOO Racing Company 凄腕技能養成部 Nチームグループ チーフエキスパート
1973年、トヨタ自動車入社。国内の運動性能実験部で試作車開発・運動性能監査、人材育成・開発サポートに取り組んだ後、欧州に駐在し欧州適合試験(運動性適合試験、ニュルブルクリンク試験)に対応。その後、実験部や凄腕技能養成部において、ニュルブルクリンク24時間レースやG's運動性能開発の責任者を務める。

[ガズー編集部]