
2007年4月12日、東京・お台場のメガウエブにて、トヨタ自動車の新しいテレマティクスサービス「G-BOOK mX」が発表された。 約200席の特設会場がいっぱいになるほど多数の報道関係者が押し寄せ、期待と興奮の中で披露された新サービスは 、ただ単に先代の「G-BOOK ALPHA」のバージョンアップにとどまらず、「Driving On Demand-いつも新しい日本をナビゲートします」を コンセプトに、テレマティクスの新しい可能性を提示するものだった。 そして同時に、それは「人と車と社会をつなぐ」サービスとして2002年にデビューした初代G-BOOKからずっと、 長年、トヨタが取り組んできたテレマティクスサービスの一つの集大成であった。 そこで、今回はこれまでトヨタのテレマティクスの取り組みにさまざまな立場、カタチで関わってきて、 そして新しい「G-BOOK mX」の開発および商品化においても中心的な役割を担ってきたキーマン5人に、 プロジェクトのメンバーを代表して集まってもらい座談会を開催した。
出席者(順不同):井野口利夫(第1電子技術部 主幹)/杉本浩伸(第1電子技術部 主幹)/松岡秀治(e-TOYOTA部 GM)/松尾陽子(e-TOYOTA部 GM)/鈴木功一(e-TOYOTA部 主任)
※GM:グループ長
司会:編集部
場所:名古屋ミッドランドスクエア トヨタ自動車 会議室
開催:2007年4月17日
井野口利夫
(第1電子技術部):
主にプローブコミュニケーション交通情報(Gルート探索/渋滞予測)の開発を担当
杉本浩伸
(第1電子技術部):
主にマップオンデマンド(地図更新サービス)を担当
鈴木功一
(e-TOYOTA部):
主にプローブコミュニケーション交通情報(Gルート探索/渋滞予測)の商品化を担当
松岡秀治
(e-TOYOTA部):
主にG-BOOK mXのビジネスモデル構築および商品企画を担当
松尾陽子
(e-TOYOTA部):
主にG-BOOK mXの広報および販売店への展開、販促を担当
編集部:本日はG-BOOK mXの主要サービスの開発や商品化を担当されてきた方々にお集まりいただきました。さて、まず最初は、皆さんのバックグランドを理解するうえで、ちょっとG-BOOK mXから離れて「そもそも何故、トヨタ自動車に入社したのか?トヨタでどんな仕事がやりたかったのか?」ということからお聞きしたいと思います。
井野口:私は旧西ドイツの大学で経営工学を勉強していました。在学中、ずっと「日本のクルマはもっとヨーロッパで評価されていいはずだ。こんないいクルマなのだからもっと売れるはずだ!」と思っていました。当時のヨーロッパでの日本メーカーが車の販売網を作り始めた段階でした。そして、その想いがだんだんエスカレートして「よし、自分の手で販売シェアを拡大してやろう!」と思うようになり、大学を中退してトヨタの門をたたきました。1974年のことです。
杉本:私は1984年の入社です。大学では電気電子学科で移動体通信の研究をしていました。いまでこそ、自動車は電子部品のかたまりのようになっていますが、当時はまだメカの代表的な業界でした。ですから、同じ学科の友人がみんなこぞって、家電メーカーやコンピュータ会社のエンジニアとか、当時、人気が高かった金融系のソフトウエア開発エンジニアとして就職する中、「なんで、電気電子の技術者が自動車メーカーに就職するのか?変なやつ」と奇異に思われていました(笑)。それでも私がトヨタに入社したのは「メカの分野で、今後、電気電子の技術者の活躍するフィールドが広がるだろう」という自分なりの考えがあったからです。
鈴木:私はもともと外資系企業で携帯電話の基地局の開発エンジニアをしていました。そして、その後、運転免許証のスマートカード化やITS関連のプロジェクトを担当していたとき、トヨタとの出会いがあり、“車車間通信(※1)”や“路車間通信(※2)”などに興味を持ち、2002年に中途入社しました。
※1:車車間通信とは、車載機間で直接行われる通信であり、その特徴は,路車間通信とは異なって、いつでもどこでも通信相手が存在すれば情報交換が可能な点。先行車などの他車からの情報を利用する事で、運転席から見えにくい場所にいるほかの車の存在を運転者に知らせ事故回避を促すなど、自動車交通の安全に寄与する。
※2:路車間通信とは、道路上にあるビーコンやアンテナなどの施設との間で行なわれる通信であり、ETCに利用されているDSRC(Dedicated Short Range Communication)という通信技術が注目されている。交差点や急カーブ、凍結しやすい道路などを道路脇に設置したセンサーで監視し、その結果を電波を介してクルマに配信するなど、自動車交通の安全に寄与する。
松岡:一番の入社動機は「クルマが好きだったので、クルマに関わる仕事がしたかった」ということです。また、あえていえば、私が入社した1994年当時はバブルが崩壊して、世の中がとても暗く、先行きが不透明で不確実な時代でした。だからこそ、自分たちで企画して自分たちの手でモノを作るメーカーを就職先に選びました。
松尾:入社のきっかけは、学生時代、親に新車を買ってもらったとき、「クルマってとてもワクワクするモノだ」と感じたことです。「クルマっていいな」そう思ったとき、(私は豊田市の出身なのですが)ちょうどいい会社が地元にあった(笑)