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キーパーソンインタビュー こんな楽しいものはないぜ!〜Gazoo Racing 応援メッセージ〜 [TOYOTA TEAM TOM'S 舘 信秀 代表]

TOM’S設立の頃

 今やっているようなことをやりたいなっていう気持ちもあったんですよ。 例えばチューニングショップとかね。 とにかくレースを続けたいから自分でチームを持とうと。 チームを持つと言ったって、金も無いし何か商売をやりながら。 そこでTOM'S(構想)が出てくるわけですよ。俺は営業でモノを売ってくることは出来るけど、 やっぱり技術屋のパートナーがいる。 それで大岩(湛矣※現社長、トヨタディーラーから脱サラ)に言ったら「俺もやりてえや」と。 今思うとね、あんなことをあの時期によくやったと思う。だってガソリンが無くなるからと、 日曜日はガソリン売ってないんだから。

設立当初のガレージ(東京都西多摩郡)


1974.10.10 GCマスターズ(富士スピードウェイ)

 ガソリンが無くなるのに自動車のビジネスなんか成り立つのかという不安はあったし、 会社を作るためには金がいる。銀行に行ったって「はあ?」なんて言われるわけですよ。 トイレットペーパーを並んでまとめ買いするような、原油が無くなっちゃうような時期ですからね。だけど、やっぱりクルマがある以上、競走は無くならないだろうという想いと、クルマに対する熱い想いがあったんだよね。そういう想いが先行して、あまりビジネスとしての成り立ちとかを考えないでTOM'Sをやろうということになったんです。


その後、「ル・マン」への挑戦をはじめ、国内外で大活躍。
トヨタ車を使ったモータースポーツ活動の要に・・・

 トヨタが一旦レースから撤退した後、81年、初めてル・マン(24時間耐久レース)に行った。 今でも覚えてる、400万円を貰ってレースカーを作ったんだよ(笑)。 トヨタからは最初は「セリカで作って出てほしい」と言われた。 でも、かたやポルシェなんかでしょ、かなうわけが無い。 そこで「セリカじゃなくていい。エンジンは出すから」って言われて、屋根だけセリカの屋根を買ってきて、“トムス・セリカC”を作った。

 「ル・マン」っていうのは毎回感動があったね。 総合2位になった頃(92年)にはかなりメーカーが力を入れてきていてね。 でも81年はゼロからクルマを作って、 ああでもないこうでもないってやりながら参戦したわけじゃないですか。 これがどんどんプロ化していって、メーカーのお金も入ってきて・・・、 もう2位以下はビリも一緒。自分自身もプロ化して、 やっぱり自分たちでクルマ作りから苦労した頃の方が楽しかった。 今度の「Team GAZOO」の「ニュルブルクリンク24時間」挑戦だってそうだよ。 それぞれが大変な思いをしてこそね・・・。

1993年のル・マンに挑戦したトヨタTS010


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