F1ドライバーとして活躍した後、登山家としても本格的な活動を続ける片山右京氏は、テクノロジーとエコロジーの世界を常に行き来する異色の存在。 時速300Km/hオーバー世界最高峰のF1で鍛え、標高8000mオーバーの高峰で磨いた感性は、クルマ社会やモータースポーツの未来に何を見ているのか。夢とメッセージをキーワードに地球を駆けるチャレンジャーの本音に迫る!

免許を取った頃、街を走っていたらキレイなカラーリングをしたクルマがあったので、何をしているのかと聞いたら「富士のフレッシュマンレースに出ている」と、それでその人に富士スピードウェイに連れて行ってもらったのがレースの世界に入るきっかけでした。それがはじめてのサーキットでモータースポーツ、本当の入り口。筑波サーキットに移動しての本格的なレース活動はそれから後にはじまるんですけどね。
高校生の頃、友達とファミレスでF1の話をしていたけど、数年後に僕が乗っているなんて誰も思っていない。そういう話をした時にみんなは「ほら吹きだ」って笑ってた。高校の進路指導の先生も「何を言っているんだ!」と。まだ中嶋(悟)さんもF1に乗っていない時代だったから・・・。でも乗るようになって、乗りましたよって言ったら、もっと笑ってました(笑)。
レースをはじめた頃は、泊まるところや食べるものは極力我慢していました。住み込みで働いているところが、まかないメシみたいなものを食べさせてくれたり。晩御飯が、夜働いていたスナックのおつまみだったり(笑)。砂浜にトラックを停めてその荷台で寝たり。ポンコツ屋さんに間借りしてライトバンの中で何ヶ月も生活したり。僕たちの時代はそういう風にレースをやって、ホテルに泊まるとか高速道路を使うとかそういう感覚は全く無かった。1円でも浮かせて、クルマが壊れたら自分で溶接、そのためにメカニックのテクニックを覚えるっていうのが当たり前で。そういうハングリーな気持ちも含めて、99.9%クルマを中心に生きていたね。
10代でレースをはじめて、デビュー戦でいきなり優勝、コースレコードも塗り替えて天狗になっていた。
レースで勝ってその次のレースでも勝ってチャンピオンを獲って、さらに上に行くんだと。目の前に敵がいたら誰だろうと前を走らせない、全部抜いてやるっていう感覚しかなくて。
速い人間がいればもっと燃えるし、すぐに分析して自分のどこが負けているのかと。それですぐにそれを抜いた時の興奮。ミラーで後ろを見たらどんどん離していく、自分が速いっていう感覚。それまで何をやってもダメだった自分を変えてくれたものだったから嬉しかったです。