
オトコは欲張りだ、とつくづく思う。望みが叶ったとしても、さらにその次に行きたくなる。特に趣味性の高いものほど、その傾向が顕著だ。
クルマがまさにそれ。本気で欲望を満たそうとすると、1台のクルマですべてをカバーするのは難しい。いいクルマに出会ったとしても、その気持ちが長続きするとは限らない。飽きるとまではいかなくても、慣れはすぐにやってくる。もっと気になるクルマが見えてきたりもする。そもそもクルマは万人向けに造られたもの。好きものに対して、「吊し」の状態で我慢しろというのに無理があるのかもしれない。
高級車の上質さに触れて、自分のクルマが貧相に見えてしまったり、速いクルマに刺激を受けて、エンジンを思いきり回せるクルマが欲しくなったり。「今ないもの」を求めたくなるのが人間の性(さが)なのだと思う。むしろそれは、自然で純粋な気持ちといえるのではないだろうか。
トヨタ・モデリスタ・インターナショナルが生み出した、クラウンアスリート“+M SUPER CHARGER”は、そんな欲求を満たすべく開発されたという。なかでも、走りの質と速さに対するこだわりは強い。この分野において、「上のさらに上」を求めるこだわりの欲求を満たそうというのだ。
開発コンセプトは、意のままに操れ、気持ち良く走れること。ベースとなったクラウンアスリートとベクトルは同じだが、その分野で完成度の高さに定評のあるベースモデルを凌駕する性能が使命なのだから、ハードルは高かったに違いない。

開発コンセプトは、「意のままに、気持ちよく」。エンジンとシャシーの両方からこの課題に取り組み、トータルな底上げを図った。

チューニングの目玉は、専用スーパーチャージャーの架装。過給が与えられたエンジンは、最高出力360ps/6400rpm、最大トルク50.8kgm/3200rpmを発生する。

走りの質を引き上げるポイントとなっているのは、3.5リッターエンジンをベースにスーパーチャージャーで武装したパワーユニットである。スペックは最高出力360ps、最大トルク50.8kgm。過給機として一般的に使われるターボではなく、スーパーチャージャーを選択したのは、あるこだわりからだという。それは、ベースモデルの素性である「扱いやすさ」を残すこと。
開発段階ではターボチャージャーの架装も考えたというが、優れた加速力と扱いやすさを両立するにはスーパーチャージャーが好適だった。低回転域からの癖のない加速を実現できるからだ。
グンと高められたパワーと強大なトルクを、タイヤがしっかりと路面に伝えられるように、足まわりにも「エンジンと同じベクトルを持つサスペンション」が求められる。高出力でありながらもノーマルと同じようにしっかりトラクションを伝える強靱なアキレス腱と、路面からの入力をしなやかに受け止める“剛と柔をあわせもつ”足まわり。結果として、このクルマには20mm低いスタンスを作り出すスポーツサスペンションが奢られた。
このようなハイパフォーマンスカーは、エアロパーツで武装するのがお約束だ。ところが開発者は、「クラウンにはヤンチャな演出は似合わない」ということで、その採用を見送った。リアトランク部に「+M」、フロントフェンダーに「SUPER CHARGER」のエンブレムが付くだけなのだ。あくまでも控えめなのがモデリスタ流なのか……

約20mmローダウンする専用スポーツ・サスペンションを装着する。

派手に着飾ることなく、走りの本質を向上させる狙いで開発された「+M SUPER CHARGER」。

リアの「+M」エンブレムがさりげなく高性能をアピールする。

車内に乗り込む。内装の高級感あふれる上質な造りはもとより、アイドリング音も静かだ。何も知らされていなければこの時点で「特別なクラウン」だと気付く人はいないだろう。だがエンジンをかけ、アクセルをグッと踏み込むと、違いに気付く。動きはとてもスムーズなのだが、その奥に何かが潜んでいることがわかる。それを呼び覚まそうとアクセルをグッと深く踏むと、突如として表情が変わる。
踏むと……速い。いや、高速に達するまでのプロセスがあまりにスムーズなだけに「なにげに速い」という表現のほうがしっくりくる。不思議な感覚だ。まるで5リッター級のエンジンを搭載しているかのように強烈で、力強さとスムーズさを兼ね備えた乗り味だ。
街中や高速道路では、アクセルをちょいと踏み込むだけで、いともたやすく交通の流れを置き去りにしてしまうほどである。それゆえ、追い越し加速や合流などではこの上ない安心感がある。瞬時に自分を数十メートル離れたところまで吹き飛ばしてくれるような力強さは、このクルマならではの大きな魅力だ。
その性能からすると、エンジンはとても静かだ。クラウンが持つ世界トップレベルの静粛性をそのまま継承している。エンジンが唸るような感覚はなく、排気音も静か。気になるとすれば、スーパーチャージャーが高負荷で稼働している時の金属音だろう。そのヒュイーンという聞きなれない音に違和感を感じる人がいるかもしれない。しかしスポーティに走らせているときは、この音がエンジンとの対話に貢献するのだ。

ベース車には、「アスリート」と「アスリートGパッケージ」の2タイプが設定される。内装の仕様はベース車に準じる。

快適性や静粛性といった高級車に求められる要件をそのままに、走行性能をバランス良く引き上げた。プレミアムカーとしての顔とスポーツセダンの顔を併せ持つクルマ。

足まわりの硬さを瞬時に切り替える電子サスペンションも好印象だった。路面状況や走りに応じて最適なセッティングを導き出すこのサスペンションは、ステアリングとサスペンションの動きの双方にそれぞれメリットを生み出している。ハンドリングはダイレクト感があり、動きが素直。足まわりについては、車重と遠心力を受けて強い横Gがかかった状態でも、ギャップをしなやかに吸収する。しっとりとストロークしながらしっかりとグリップする、「しなやか」で「したたか」な足まわりだ。
一般的に、足まわりを固めればコーナーでの安定感は増すが、乗り心地は犠牲になりがちだ。ところがこのクルマは、“素”のクラウンが持つ電子プラットフォームと低重心化を実現するスポーツサスペンションの組み合わせによって、この問題をクリアした。絶対的なボディの重さを「重厚感」に置き換え、ハンドリングもうまい具合に向上させている。エンジン出力があがったぶん、シャシー性能もしっかり底上げされているのだ。
その完成度の高さは、アスリートシリーズの“最上級モデル”と言っても違和感はない。だがこのクルマの場合は、カタログモデルでないところに価値があるのも事実。吊しというよりはカスタムメイド。静かなのに刺激的。コンフォートだがハイパフォーマンス。これ1台でかなりの欲望を満たしてくれるクルマに仕上がっている。