需要はどこに? 「レースのハーフシートカバー」が今も販売されているワケ

  • 錦産業のレースのハーフシートカバー

シートの上部だけを覆う白いレースのハーフシートカバー。今ではほとんど見かけませんが、1990年ごろまでは、当たり前のようにファミリーカーにも装着していました。

そのため、“昭和のクルマを象徴するアクセサリー”のように思われていますが、トヨタ「クラウン」など一部の車種のアクセサリーカタログを見ると、今もインテリアオプションとしてカタログにラインナップされています。

いったい、どのようなユーザーにニーズがあるのでしょうか? シートカバーをはじめ、カーインテリア商品の販売を手がける錦産業株式会社(以下、錦産業)に取材しました。

錦産業株式会社ってどんな会社?

錦産業は1972年の創業より50年間、カーインテリア商品の企画と販売を行ってきました。かつては製造も自社工場で行っていましたが、現在ではそのほとんどを海外工場で行っているそうです。今回は、代表取締役の佐久間由治さんにお話をうかがいました。

※錦産業は1999年に本社屋、兼倉庫が火災にあい、創業からの資料や製品見本をすべて焼失。インタビューの回答内容は記録を持ったものではなく、佐久間さんをはじめスタッフの記憶や、関係者からの人づてのものになります。

クルマ、テレビ、ステレオ。大切なものはレースでカバー

1950年後半から1970年前半にかけて、高度経済成長期を迎えた日本。それまで高級品だった家電が各家庭に普及し、自家用車の所有も急速に増えてきます。
レース製品が流行したのもこのころで、テレビやステレオ、ピアノ、家具(ソファーなど)の上にカバーとしてかける光景がよく見られました。

  • 錦産業のレースのハーフシートカバー

    レースは糸を編み、あるいは織って、すかし模様にしたもの。手編みのレースは現代でも人気があり、多くの入門書が発行されている

錦産業では1972年の創業当初より、レースのフルシートカバーやハーフシートカバーを扱っていたそう。そのため、レースのシートカバーの発祥は、必然的に錦産業の創業以前、1960年代だと推測されます。
佐久間さんは、「物を大事にする日本人の感性が需要を生んだ」、と次のように話してくれました。

「当時のクルマのシート表皮は黒っぽいビニール製が多く、どちらかというと無機質で質素な感じでした。クルマは家の次に高い買い物ですから、レースのシートカバーは物を大事にする日本人の感性から、シートを保護する目的で販売され始めたと思われます。また、少しでも高級感を演出する目的もあったでしょうか。

今は合皮のシートカバーがドレスアップの定番になりつつありますが、1970年代はビニール地の純正シートの上に、布地のシートカバー(レースのカバーに限らず)をかぶせるというカスタマイズが非常に人気だったと記憶しています」(佐久間さん)

レースのハーフシートカバーの需要は海外で高まっている?

時代は平成に変わり、レースのハーフシートカバーの販売数は徐々に減少します。しかし、需要がなくなることはなく、令和を迎えた現在でも、佐久間さんの元には新しいユーザーからの問い合わせが寄せられるそう。

「現在、レースのハーフシートカバーの販売数は、年間400セット前後。弊社のほとんどの商品が海外生産になっておりますが、原材料となるレース生地の調達が海外では難しく、レースのハーフカバーだけは今も日本生産です。

直接、お客様とのやり取りは行っていないので(購買層を)把握しているわけではありませんが、中心はご年配者層とタクシーだと思われます」(佐久間さん)

  • 錦産業のレースのハーフシートカバー

    清潔感や手軽に洗える便利さから、タクシーでは引き続きレースのハーフシートカバーが利用されている

「日本国内での需要は年々、減少しています。その理由には、レースの人気がなくなったことに加え、セダンの需要が少なくなったことや純正シートの品質向上もあるでしょう。とはいえ、現在でも『ミニバン用やSUV用はあるか?』という問い合わせをいただきます。

また、主にアメリカでJDMというカスタマイズのカテゴリーがあり、レースのハーフシートカバーはJDMアイテムのひとつとなっているようです。海外から問い合わせを受けたり、『代理で購入したい』といった要望もありました」(佐久間さん)

JDMとは「Japanese domestic market(ジャパニーズ・ドメスティック・マーケット)」の略で、本来ならば「日本の国内市場」を意味しますが、上記の場合「海外ユーザーの手がける日本仕様のカスタムカー」を意味しています。

  • 日本車が活躍する映画の影響もあって、アメリカでの日本車は新車/旧車ともに人気が高い

日本でも今、昭和の時代に販売されたクルマが人気で、当時の流行を取り入れて実際に町中で走っていた姿を再現する楽しみ方があります。これと同じようなことが、海外でも起こっているのです。クルマの楽しみ方に国境はないことを教えてくれます。

シートの形状により、装着には加工が必要

今も、年間400セットを販売しているというレースのハーフシートカバー。昭和時代に販売されていた製品と現在の製品とでは、なにか違いはあるのでしょうか?

「当時はクルマのシート形状がシンプルでしたので、弊社製品をはじめとした汎用品における適合許容範囲は広く、多くの車種を網羅できました。加えてリーズナブルな価格でご提供できたことにより、多くのユーザー様から支持をいただいたのだと、振り返って思います」(佐久間さん)

メーカー純正の車種専用品は、シート形状に沿った作りでフィッティングは抜群。くわえて車名をあしらうなど、純正品ならではの魅力を持っていましたが、その分、価格は高価だったそうです。

「現在はラインナップアイテムを限りなく絞っているのに加え、シート形状の複雑化多様化により、汎用商品とはいえ、すんなり装着可能な車種はだいぶ限られています」(佐久間さん)

現在、錦産業で販売しているレースのハーフシートカバー「リラッソ」は、
「普通車(5座)用」
「小型車(5座)用」
「軽自動車・コンパクトカー(4座)用」
の3サイズ。
旧車オーナーや旧車の雰囲気が好きな人の中には、「装着してみたい」と思う方もいるでしょう。先に記載したように、シート形状によっては装着感への妥協、あるいは加工や調整が必要になりますから、事前によくシートと製品の形状を確認しておくとよさそうです。

  • 錦産業のレースのハーフシートカバー

    リラッソの定価は3サイズとも6,050円(税込)。画像は普通車用(品番:HL-0002)。大手カー用品専門店やカー用品通販サイトから購入できる

流行の終息により、国内の需要は大きく減ったレースのハーフシートカバー。しかし、日本車の世界的な人気により、海外という新たな市場を獲得していました。海外旅行の際、現地で古い日本車を見かけたら、そのインテリアを見てみると白いレースの姿が見られるかもしれませんね。

<関連リンク>

Tom boy(錦産業株式会社)

(文:糸井賢一 取材協力・写真:錦産業株式会社 編集木谷宗義 type-e+ノオト)

[GAZOO編集部]

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