卒業生に幸多かれ!
今日は県下全域で中学校の卒業式が行われたようですが
こちら豊根でも、豊根中学校で卒業式が行われました。
ちなみに富山中学校では、先週の5日(金)にすでに卒業式が終わりました。
合併以後、村長はじめ来賓の人たちが出席してみんなでお祝いできるようにと
豊根・富山で小中学校の入学式や卒業式の日をずらして開催しています。
普通の市町村なら複数の学校があるのは当たり前で
同日に式を開催するのも当然なのでしょうが
豊根らしい配慮だな〜、と感じます。
立派な鉄筋コンクリート3階建ての豊根中学校です。
手前の青い屋根が豊根小学校。
5年前に小学校も3校が統合して1つになり
中学校のグラウンド内に新築されました。
運動場、体育館、いくつかの特別教室を小中で共有し効率的に運営されています。
敷地内には杉の子保育園もあり
豊根地区の子供は保育園から中学卒業までここに通います。
まさに豊根の文教地区ですね!

豊根中学校には、全国でもめずらしい寮があります。
その名は「志高寮」、今でも新鮮な響きのするいい名前ですね〜。
この寮は昭和51年に開設されました。
昭和49年、それまで3つあった中学校が1つに統合され現在の豊根中学校になりましたが
広大な面積の豊根村では、通学困難な生徒が多数出てしまったようです。
当時は100名以上の生徒がいましたし
交通機関は民間の豊橋鉄道バスだけで
今の村営バスほどきめこまかな路線ではなかったですからね〜。
その頃ボクは小学生でしたが
毎日学校に通うため乗っていたバスが、三沢方面からの中学生が乗るようになって
都会の通勤ラッシュかっ! と思うほど混みこみになったことを覚えています。
そこで寮を作ろう、ということになり、どうせならと全寮制で、ということになったようです。
ボクが中学校に入学した昭和53年は寮開設3年目でしたが
100名弱の生徒がいましたのでほぼ満室状態でした。
当時、公立の全寮制中学校は全国でも2つしかないとのことで
よくマスコミの取材があり、テレビにも何度も登場したものです。
今年度の生徒数は・・・1年生6名、2年生2名、3年生9名の計17名。
寂しい人数になってしまいましたねぇ。
寮も空き部屋が多いことと思いますし、存続について色々と議論もあるようです。
寮と学校を結ぶ “こだま橋”から望む志高寮。
ボクが通っていた約30年前にはピカピカだったこの橋も
かなり老朽化が見られます。

中学生とは吹奏楽の指導を通して繋がりがありますので
卒業生への感慨もひとしおです。
今日旅立った卒業生のうち、何人が町に出て何人が地元に残るのか聞いていませんが
自分も豊橋の高校に進学して下宿生活を始めた当時
カルチャーショックで戸惑うことばかりだったことを鮮明に覚えています。
豊根中学校で学んだ卒業生が、様々な壁を乗り越え
元気に多方面で活躍してくれることを心から願っています!