村橋久成の胸像
知事公館の構内にある胸像。開拓使麦酒醸造所を創設に携わった人物。
本日も昨日に引き続き、知事公館の話題をお届けしよう。
今回は、開拓使麦酒醸造所(現在のサッポロビール)を創設に携わった人物であった「村橋久成」の胸像をご紹介します。

村橋久成 胸像「残響」
まずは、村橋久成について簡単にご説明します。
★ 村橋久成(1842〜1892)
薩摩藩(現在の鹿児島県)に生まれ、1865年(慶応元年)にロンドン大学へ留学し、その時に留学された人数は彼を含め15人がロンドンの地へ渡ったといわれています。
帰国後に箱館戦争の軍艦として活躍し、1871年(明治4年)に開拓使として道路の整備、住宅の建設、琴似屯田兵と製糸所などの創設に携わりました。また、村橋久成は、開拓使麦酒醸造所の創設に携わった人物で、工場の建設場所は東京から札幌へ変更となり、これは、村橋久成によるもので、彼のこうせきでもありました。
1882年(明治15年)に開拓使の職を辞め、行脚放浪し、1892年(明治25年)の神戸市にて死去したそうです。

村橋久成 胸像「残響」の説明について記されている看板
★ 胸像「残響」について
残響は、1982年(昭和57年)に北海道出身作家「田中和夫」氏が執筆した小説が発表され、この本によって、村橋久成の功績を知られるようになりました。
胸像は、1983年(昭和58年)に彫刻家「中村晋也」氏によって手がけられ、中村氏の美術館に所蔵されていましたが、2005年(平成17年)の9月23日に知事公館の前庭において、村橋久成 胸像「残響」が建立されました。
この胸像は「『残響』札幌建立期成会」の働きかけによって、実現され、胸像が製作されてから22年、働きかけの運動が始まってから3年という歳月が費やされました。
村橋久成 胸像「残響」を見ると、明治時代の北海道を開拓した功績を残していた事が分かり、胸像の表情は威厳に満ちていたことが印象的でした。
また、現在のサッポロビールの歴史と北海道の産業の礎を築き上げ、北海道開拓の1ページとして相応しい人物だといえます。
明日は、知事公館の建物とクルマの話題についてご紹介します。
★ 北海道知事公館 詳細
住所 札幌市中央区北1条西16丁目
お問い合わせ 011−611−4221
★ アクセス
JR札幌駅より札幌市営地下鉄南北線さっぽろ駅「真駒内方面」に乗車し、大通駅で降車。札幌市営地下鉄東西線「宮の沢方面」行きに乗車し、西18丁目駅で降車。徒歩で5分。
JRバス・中央バス「道立近代美術館」停留所で降車。徒歩1分。
JR桑園駅より徒歩で15分程度。
★ 建物の開館時間について
時間 9:00〜17:00まで(都合により開放できない場合があります)
★ 入館料 無料
★ 休日
土・日・祝祭日及び年末年始
★ 構内の公開時間及び日程について
時間 9:00〜17:30まで
開放期間 4月29日〜11月30日まで
★ 参考 サッポロビールホームページ 村橋久成について
URL=http://www.sapporobeer.jp/area/hokkaido/entertainment/romankaiko/chapter01/index.html