痛車ファンを笑顔にするグラフィックデザイナー

お気に入りのアニメキャラクターをクルマに貼り付ける「痛車(いたしゃ)」。2000年代中盤に登場した、新しいカスタマイズカーのジャンルです。その痛車のグラフィックデザインを手掛けているのが「痛車ステッカー製作専門店」に勤務する小林ほなみさん。痛車のグラフィックデザイナーとはどんな仕事なのでしょうか?

■プロフィール
小林ほなみ
1991年生まれ。福井県出身。高校生の時にニュージーランド、大学生の時にフランスに留学する。大学卒業後、痛車ステッカー製作専門店に入社。現在は痛車のグラフィックデザインを中心に、さまざまなカーグラフィックデザインを手掛ける

――現在の仕事内容を教えてください。

痛車ステッカー製作専門店でお客様対応、印刷、施工(貼り付け)など、全般を行っています。私はグラフィックデザインが中心です。

電話での問い合わせに対応する小林さん。デザインの打ち合わせでは通話が3~4時間になることもある
電話での問い合わせに対応する小林さん。デザインの打ち合わせでは通話が3~4時間になることもある

――痛車とはどんなクルマのことですか?

一般的に、好きなアニメやキャラクターの絵柄を愛車に表現したクルマのことを痛車と呼んでいます。絵柄のほとんどはステッカーで、クルマの他にバイクや自転車の痛車もあります。お客様はクルマとアニメの両方が好きという方と、純粋にアニメが好きという方がいますね。痛車ファンに共通するのは「目立ってなんぼ」。全国各地で痛車のイベントが開かれ、大変な盛り上がりを見せています。

施工事例その1。「東方 橙(ちぇん)」仕様の日産・スカイライン。社外品のパーツが多く装着されていたため、カットや絵合わせが多く苦労した
施工事例その1。「東方 橙(ちぇん)」仕様の日産・スカイライン。社外品のパーツが多く装着されていたため、カットや絵合わせが多く苦労した

――この仕事をするようになったきっかけは何ですか?

大学で国際関係を学び、将来は国連に入るのが夢でした。ところが、留学先のフランスで「ジャパンエキスポ」(パリで行われる日本文化の祭典)のお手伝いをした時に、外国で見た日本文化のパワーに衝撃を受けました。

帰国後、それまで全く知らなかった痛車というものを知り、日本のアニメ文化とクルマ、2つの強みを合わせたら、本当の「最強」になると思い、痛車を世界に発信すべく、痛車ステッカー製作専門店で働き始めました。

――痛車のグラフィックデザインはどのように製作するのですか?

お客様から提供を受けたキャラクター素材をもとに、そのクルマに合う背景をデザインしていきます。事前にご来店いただき要望を伺うのですが、好みはバラバラ。そのため、打ち合わせは長時間におよびます。

デザイン作業の様子。女性ならではのオシャレの感覚を大事にしている
デザイン作業の様子。女性ならではのオシャレの感覚を大事にしている

以前はキャラクターのデザインありきで、グラフィックを製作していたのですが、最近では絵師様に一からキャラクターを描いてもらう方も多く、キャラクターのポーズ決めの段階から相談を受けることもあります。なかにはクルマを持っていない方から「クルマを買うので痛車に向いている車種を教えてくれませんか?」と質問を受けることも。社外のエアロパーツを持ってきて施工を依頼する方もいます。

――痛車に向いているのはどんなクルマですか?

もともとカッコいいスポーツカーが痛車にしやすいのは間違いありません。ただ、これじゃないとダメというのはなく、どんなクルマでもOKです。車種別では軽自動車が一番多いですが、トヨタ・86やスバル・BRZ、日産・シルビアなども多いですね。そのクルマが持つ、もともとのカッコ良さを損なわないようにデザインしています。

施工事例その2。「艦隊これくしょん」の「雲龍」仕様のノート。福岡に出張して施工したため、時間勝負で大変だった
施工事例その2。「艦隊これくしょん」の「雲龍」仕様のノート。福岡に出張して施工したため、時間勝負で大変だった

――この仕事のやりがいを教えてください。また、大変なことは何ですか?

やりがいを感じるのは、お客様がクルマを見て感動してくれた時です。なかには泣き出しそうなぐらい喜んでくれる方もいます。大変なのは納期。お客様はイベントに合わせてオーダーすることが多いので、台数が集中した時は寝る時間もありません。デザインを考えるのも大変で、考えすぎて熱が出ることもあります。

印刷機で印刷したグラフィックは手作業で切り出すこともある。一連の痛車づくりに欠かせない作業
印刷機で印刷したグラフィックは手作業で切り出すこともある。一連の痛車づくりに欠かせない作業

――痛車以外ではどんなグラフィックデザインを行っているのですか?

クルマの単色グラフィックの他、企業が所有するクルマのデザインも行っています。自動車メーカーのグラフィックデザインを担当したこともあります。

――これまでデザインした痛車で印象に残っているクルマはありますか? また、デザイン時に注意するのはどんなことですか?

全部(笑)。どのデザインも自分の子供みたいで、思い入れがあるので選べません。またデザインする時は、一目見てキャラクターに目がいくようなグラフィックにすることを心がけています。痛車のグラフィックデザインはやはり特殊なので、数をこなしていくことでスキルを身につけていきました。

バイクのタンク部に貼られたグラフィック。複雑な形状ほど施工作業は難しくなるそうで、写真のタンクはその極
バイクのタンク部に貼られたグラフィック。複雑な形状ほど施工作業は難しくなるそうで、写真のタンクはその極

――痛車オーナーたちとの交流で感じることはありますか?

仕事を始めた当初は、何を話したら良いのかわからず緊張しました。でも、今はイベントで痛車のオーナーさんたちとバーベキューをやることもあり、とっても楽しいですよ。また、人が変わったように愛車で出かけていく姿を見ると、うれしい気持ちになりますね。

痛車のイベントにも積極的に出展。ファンとのコミュニケーションを楽しんでいる。写真はコスプレイヤーのみなさんと
痛車のイベントにも積極的に出展。ファンとのコミュニケーションを楽しんでいる。写真はコスプレイヤーのみなさんと

――休日の過ごし方を教えていただけますか?

お休みはありませんが、半年に1回ぐらい休みをとって、2週間ぐらい旅行に出かけています。フランスの友だちとよく旅行に行きます。

写真は昨年のクリスマスにベルギーを旅行した時のもの
写真は昨年のクリスマスにベルギーを旅行した時のもの

――今後の目標を教えてください

痛車を通じて日本文化を広めていきたいです。文化は誰に対してもすっと入っていくもので、そこに争いはありません。痛車で世界平和に貢献したいと言ったら言い過ぎですかね。

自社のノウハウを駆使して、多くの痛車ファンを笑顔にしている小林さん。海外メディアの取材を受けることもあるそうで、その評判はすでに海を越えたと言っても過言ではありません。痛車のグラフィックで世界中のファンを笑顔にするのもそう遠くないでしょう。

(フリーライター:ゴリ奥野)

[ガズ―編集部]